第5話 大切な物は……

文字数 2,076文字

 やれやれ、いつまで監視を続ける事やら。
 私の部屋で子ども達が遊びだして、更に警戒が強くなった気がする。
 まぁ、隠匿の薄い結界を張って、能力を使って視る分には、視えにくくしてあるからね。
 普通の人間が普通にそばにいる分には何も隠してないんだから、入ってくればいいのに。

 こっちは、ケンカを売りに来てるのではない。
 ただ、今の賢者に我が国の命運を託して良いのか見極めたいだけなのだ。

 それに、始祖の国王の意識があるとはいえ、体はまだ子ども。あまり無理も出来ない。
 そんな事を考えながら、廊下を歩いていた。

「メアリー姫」
 バフッと音がしそうな勢いで、目の前が真っ暗になる。
 い……息が出来ない。
「もう、お勉強は終わったの?」
 その声は、キャロル? 抱きしめられながら、訊かれているところか。
 ……いつか悪意無く、キャロルに窒息死させられる日が来るかもしれない。
 そんな考えが私の頭をよぎった。

 そう言えば、キャロルも不思議な存在だ。 
 賢者の器の中に、別の人格が入っている。
 私は、キャロルを抱き返しながら、わずかながらの能力を使う。
 このくらいだったら、この国の賢者たちは拾えない。

「あら、なあに? わたくしを探るの?」
 一発でバレるとは思わなかった。
 能力とも言えない、微かな力を()わせただけだったのに。
 キャロルは気にしていないようだけど、彼女も王族としてこの世界を生き残って来ている。
 気にしていない様に、見せかけているだけかもしれない。
 そもそも、彼女の思考は読みにくいんだ。

「窒息死しそうだったので、ごめんなさい」
 半分はウソだけど、私は素直に謝った。
「あら。ごめんなさいね。つい癖でぎゅーってしてしまうのよね。それで、何か知りたい事でもあったの? わたくしの部屋に来て結界でも張る?」
 え? 結界って。
 意味が分かって言っているのだろうか。
 分かっていなくても、キャロル本人から私の結界に入る許可が出ている。
 これを利用しない手は無い。
 
 キャロルは単に、見えなくても自分達には護衛がついているから内緒話は結界の中でしか出来ないという認識なのだろうけど。
 私は、キャロルの部屋へ飛ぶ振りをして、廊下で結界を展開した。

 私を監視していた、クリスが焦っているのが分かる。
 すまないね。キャロル本人からの申し出なんだ。

 私の結界は、ピクトリアンの王宮のものと同じだ。
 ただ、結界の核は向こうに残してあるので、あそこまで完ぺきな結界では無いけど。

 白い空間の中、何も無くてもキャロルは座れている。
 この中は、椅子があると思えば見えなくとも椅子に座ってるようになるし、テーブルがあると思えば、そこに何でも置くことが出来る。
 座ったまま、不思議そうにキャロルはきょろきょろと辺りを見回していた。

 無防備に彼女の中のものが流れ出している。
 サイトウユウキ。異世界から帰ってきたのか。
 賢者との縁は、エマの時。
 相変わらずどうしようも無い男だな。人の子の運命を個人的理由で捻じ曲げるなどとは。

 色々な……この世界に戻って来てからの出来事や、キャロル自身の雑多な思いが、私の中に流れ込んでくる。
 幸せだと思っていても、どこか切なく悲しい気持ちまで入ってきた。

 私がキャロルの気持ちを掴みにくいと感じていたのは、彼女が純粋だったからか。
 社交界での彼女がどうかは知らないが、私や家族の前での彼女の言動には裏が無い。
 表情のまま、言葉のままの優しさを、私たちに向けていたから……無いものは、読み取りようがなかった、というだけのようだ。

「不思議な空間ね。初めてだわ」
 私が、流れて来たものを読み取っている間に、キャロルは考えても分からないものは訊いてみようという方針に変えたようだった。
「お茶をどうぞ。緑茶、お好きでしょう?」
 私は、キャロルの記憶にあるままの、湯飲みに緑茶を入れて出した。
「あら、よく知っているのね。ありがとう。いただくわ」
 そう言って、ためらうことなく緑茶を飲んでいる。
 ふ~、美味しい。なんて、ホッとした感じで一息ついてるけど。

「失礼だが、あなたに警戒心というものは無いのか」
 つい素で訊いてしまった。
「本当に失礼ね。あるわよ、警戒心」
 言葉の割に、気分を害している訳でも無いな。
「ではなぜ。私の結界の中でお茶を飲んでいる?」
「だって、息子のお嫁さんになる子だもの。もう、わたくしの娘だわ。それにね。このお茶懐かしいのよ」
 キャロルは、切なそうに湯飲みを見ていた。

「昔、ここに来たばかりの頃にね。泣いてばかりいるわたくしをなだめる為に、以前いた世界のお茶やお菓子を出してくれた人がいたの」
 ああ。なるほど。
 私はキャロルの手に大福を出してやった。
 それを見て、キャロルは泣きそうな笑顔になる。
「メアリーも、わたくしの心が読めるのね」
 そう言ってキャロルは大福を一口食べて「美味しい」と言って笑った。

 本当に、何をやってるんだ賢者は。
 彼女の心が幼子の様なのは、今迄、お前が守っていたからだろう?

 こんなに大切に、宝物のように守っているのに……。
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