第55話 賢者の噂とクリス殿下
文字数 1,415文字
私の回復祝いを兼ねた夜会からしばらく経って、また変な噂が流れ始めた。
この世界はSNSやテレビが無い分、噂が唯一の情報源となるので、真実もデマも一緒くたに流れている。
噂の内容は二つ。
『初代英雄王である賢者様は、ずいぶん昔にお隠れになって※いて、賢者の間というのは、実は霊廟なのではないか』
『実体の無い賢者様の名を騙 り、直系の王族ですらない王妃候補が王子を選別するのは、王族に対して不敬では無いのか』
一つ目の噂は、今まで誰も疑問に思わなかったのが、不思議なくらい。
生物学的に、何千年もの間生きるのは不可能だ。
二つ目の噂は、一つ目が立証されなければ、賢者様や王室への反逆罪で、噂を流した本人のみならず、一族郎党処刑されるかもしれないくらいの噂だ。
実際、千年近く賢者は不在で、賢者の石が賢者の代行をしていた。
賢者が私と共に、こちらの世界に来るまでは、賢者の実体は無く公爵家の正室から産まれた『中身が空っぽの女児』をわざわざつくって、賢者の石の能力が入れるようにしていたんだ。
別に、指名していたわけでは無い。
ウィンゲート家を避けていたのは事実だろうけど、王太子誕生に合わせて産まれてくるのを待っていただけ。
「まぁ、千年近く国王ですら会えてないからね。とりあえず、宰相にも口止めしたから」
ここで会ったと言われても困るしねぇとクリスは言う。
クリスの結界の中、クラレンスの執務室で私たちは話していた。
「でも、クリス殿下が不敬罪に問われるという噂までたってますよ」
私は、お茶会の女性たちの間で噂になっていることをクリスに言った。
以前の夜会でクリスが賢者が選んだ婚約者をと言って、王太子を脅した事と、廊下で殴った事が今さらながらに問題になっているようだった。
殴ったのは、賢者の方のクリスだけど。
「私は不敬罪に問うつもりはないが……」
「君はね。だけど、周りはどう動くか分からない。婚約破棄の様にこれをしたら、というのが無い以上」
クリスは、相変わらず他人事みたいに言ってるけど。
「ごめんなさい。私が余計な事言ったから。クラレンスが止めたのに」
自分が攻撃されると思ったのに、クリスに攻撃がいってる。
「別に? あれは良くやったと思ってるよ。攻撃の矛先をクラレンスから自分に向けたかったんだろ?」
「そうだけど」
「攻撃が僕に向いて、本当に良かったと思っているんだよ」
不安そうにしている私にクリスは笑いかけてくれ、頭まで撫でてくれた。
賢者の方のクリスみたいに……。
「さて、いつまでも結界を張っていても仕方ないし、お互い仕事しようね。キャロルもね。そんな顔してちゃダメだよ。僕は大丈夫だから」
結界を解くと同時にクリスは消えた。
賢者の体を乗っ取ってから、自在に能力が使えているようだった。
結界が消えた後は、私はいつも通りソファーで本を読んでるし、クラレンスは自分の机で書類を作成している。
周りから見たら、私たちがずっとそうしていたかのように、見えるだろう。
賢者の張る結界とは、そう言う結界だ。
クリス殿下は、意外と常識的で国や派閥の事を優先して動いている。
その言動は、賢者そのものだと思う。
だけど、賢者の代わりをしてきたと言っても、自分が賢者だとは言わない。
本物の賢者はどこに行ってしまったのだろう。
そして、本物の賢者なら、この事態をどうやって収めるのだろう?
※お隠れになる……貴人が死ぬことを敬って言う語。
この世界はSNSやテレビが無い分、噂が唯一の情報源となるので、真実もデマも一緒くたに流れている。
噂の内容は二つ。
『初代英雄王である賢者様は、ずいぶん昔にお隠れになって※いて、賢者の間というのは、実は霊廟なのではないか』
『実体の無い賢者様の名を
一つ目の噂は、今まで誰も疑問に思わなかったのが、不思議なくらい。
生物学的に、何千年もの間生きるのは不可能だ。
二つ目の噂は、一つ目が立証されなければ、賢者様や王室への反逆罪で、噂を流した本人のみならず、一族郎党処刑されるかもしれないくらいの噂だ。
実際、千年近く賢者は不在で、賢者の石が賢者の代行をしていた。
賢者が私と共に、こちらの世界に来るまでは、賢者の実体は無く公爵家の正室から産まれた『中身が空っぽの女児』をわざわざつくって、賢者の石の能力が入れるようにしていたんだ。
別に、指名していたわけでは無い。
ウィンゲート家を避けていたのは事実だろうけど、王太子誕生に合わせて産まれてくるのを待っていただけ。
「まぁ、千年近く国王ですら会えてないからね。とりあえず、宰相にも口止めしたから」
ここで会ったと言われても困るしねぇとクリスは言う。
クリスの結界の中、クラレンスの執務室で私たちは話していた。
「でも、クリス殿下が不敬罪に問われるという噂までたってますよ」
私は、お茶会の女性たちの間で噂になっていることをクリスに言った。
以前の夜会でクリスが賢者が選んだ婚約者をと言って、王太子を脅した事と、廊下で殴った事が今さらながらに問題になっているようだった。
殴ったのは、賢者の方のクリスだけど。
「私は不敬罪に問うつもりはないが……」
「君はね。だけど、周りはどう動くか分からない。婚約破棄の様にこれをしたら、というのが無い以上」
クリスは、相変わらず他人事みたいに言ってるけど。
「ごめんなさい。私が余計な事言ったから。クラレンスが止めたのに」
自分が攻撃されると思ったのに、クリスに攻撃がいってる。
「別に? あれは良くやったと思ってるよ。攻撃の矛先をクラレンスから自分に向けたかったんだろ?」
「そうだけど」
「攻撃が僕に向いて、本当に良かったと思っているんだよ」
不安そうにしている私にクリスは笑いかけてくれ、頭まで撫でてくれた。
賢者の方のクリスみたいに……。
「さて、いつまでも結界を張っていても仕方ないし、お互い仕事しようね。キャロルもね。そんな顔してちゃダメだよ。僕は大丈夫だから」
結界を解くと同時にクリスは消えた。
賢者の体を乗っ取ってから、自在に能力が使えているようだった。
結界が消えた後は、私はいつも通りソファーで本を読んでるし、クラレンスは自分の机で書類を作成している。
周りから見たら、私たちがずっとそうしていたかのように、見えるだろう。
賢者の張る結界とは、そう言う結界だ。
クリス殿下は、意外と常識的で国や派閥の事を優先して動いている。
その言動は、賢者そのものだと思う。
だけど、賢者の代わりをしてきたと言っても、自分が賢者だとは言わない。
本物の賢者はどこに行ってしまったのだろう。
そして、本物の賢者なら、この事態をどうやって収めるのだろう?
※お隠れになる……貴人が死ぬことを敬って言う語。