第10話 ロザリーの処遇
文字数 2,306文字
何だか、王宮内がざわついている。
今日は、エイミー様たちとのダンスのレッスンも、お昼からのキャロル様とのお勉強も何もかもが中止になってしまって、もう、夕方になってしまった。
何だろう? 何かすごくイヤな予感。胸騒ぎがする。
ここに来たばかりの頃のような……いいえ、それよりももっと怖い感じがずっとしている。
不安で胸が押し殺されそうになっている時に、侍女たちから着替えをさせられた。
これは、こちらの国王に謁見をする時に着るように作った正装のドレス。
だけど、装飾品は一切着けず。
髪も後ろにリボンを着けるだけにしている。
侍女たちも、いつものようにおしゃべりをしてくれない、どこか硬い表情だった。
「お召し替えが、終わりました」
一番年上の侍女が、私を鏡の前に立たせる。
可愛いとは思うのだけど、どこか質素な装いだわ。
「ありがとう」
私がいつものように、笑顔でお礼を言うと、ありえない事に侍女が抱きついてきた。
「ロザリー様。わたくしは、ここでお待ち申し上げております」
そう言って、私から離れた。
ああ。そうか、私もうここに戻って来れないかもしれないんだ。
「ロザリー。用意できた?」
クリス様が軽い感じて言って、部屋に入ってくる。
「はい。クリス様」
そう、にこやかに答えた。もう、この優しい時間の中には戻れない。
私は、覚悟を決めてクリス様の後ろに付いて、部屋を出て行った。
途中クリス様が、私を自分の前に出した。
「たまには、僕の前を歩いたら?」
なんて、軽く言って。
クリス様と一緒に入った部屋は、クラレンス様の執務室だった。
何だか異様だ。
だって、普段いるはずの文官達が一人も居ない。
その代わりと言うように、兵士が部屋の周りを囲んでいる。
前方の机のところには、クラレンス様とダグラス様、次期宰相のリオン様、そしてキャロル様がいた。
キャロル様は、私を見るなり側に寄って来て抱き寄せてくれる。
周りを警戒して……。
まるで、周り中。兵士だけでなく、自分の婚約者までもが敵だと言わんばかりの警戒ぶりだった。
「キャロル様?」
私はキャロル様を見上げる。何が何だか分からない。
「大丈夫よ。ロザリー様」
キャロル様は、口ではそう言っているけど。
私の方まで、その緊張が伝わっている。
「なんだか物騒な事になったねぇ」
クリス様が、のんきな様子でものを言っている。
他人事だと思っているのか、緊張感が全くない。
「それで? 結局、どうなったの?」
「一応、まだ、アルンティル王国が、行動に出たとの確認は取れてないが……。そもそも、本当にリクドルと戦争をする気なのかもわからないし」
クラレンス様は、何だか分からない事を言った。
私の国が、なんですって? 戦争?
今、近隣諸国とも争っているのに?
何かおかしい。
リクドル王国は、ハーボルト王国の隣国にして同盟国だと、この国に来て知った。
私の国からは、はるか遠く。侵略するメリットもないのに。
だとしたら、私がこの国に来た理由。私の役目は……。
思い付いてしまった自分の考えが怖くなって、体が震えてしまった。
泣いちゃダメ。しっかりしなきゃ。
もしそうだとしたら、ここは敵陣のど真ん中だわ。
「ねぇ。ロザリー」
キャロル様の腕の中にいる私に、クリス様が話しかけてきた。
普段と変わらない様子で。
「はい」
私はしっかりとクリス様を見て、返事をする。
「君は、自分の国。アルンティル王国を捨てることが出来る? 僕の妻として」
妻……。クリス様は、この場で妻だと言って下さるのね。
兵士たちが、殺気立っている。
キャロル様を巻き込めないわ。こんな中でも、私を庇ってくれるのだもの。
私はキャロル様の腕から出る。さらに抱き込もうとしてくれる手を拒んで。
そしてクリス様の問いにしっかりと答えた。
「いいえ。わたくしは、アルンティル王国の王女です。自分の国を。何より、我が国民を見捨てる事など、考えた事もございませんわ」
そう、笑顔を絶やさずに。
それが私の王女としての矜持だから。
「その国から、見捨てられたかもしれないのに? 君がここに居るのに、我が国にケンカを売るような真似をするのはそういう事だよね」
クリス様の口調が厳しいものになってしまっている。
だって、仕方が無いのよ、クリス様。
私はこの為にここに送り込まれたのだと、わかってしまったのだから。
前を向くと、キャロル様が抗議の声を上げようとしているのを、クラレンス様から止められていた。
こんな場面でも、私の味方をしてくれるのね。キャロル様。
だけど、もう……。
私は、ドレスのまま膝立ちする。
立ったままだと、現場処刑された時に見苦しい死にざまになるから。
「わたくしは、アルンティル王国の為にここにいます。国の事情が変わっても。たとえ、本当に見捨てられたのだとしても。アルンティル王国への忠誠は変わるものではありません」
もう、キャロル様の顔は見れない。
私が今している事は、この国を戦争に導く行為。
今まで、私に優しくしてくれた人たちの顔なんてとても見る事が出来ない。
とても、許してなんて言えない事にこれからなるのだから。
私は、平然とできてるだろうか。
キャロル様のすすり泣く声と、兵士が動き出す音。
そんな中、私は前にいるクラレンス様の方を向いていた。
「ごめんね、ロザリー。君の身柄を牢獄に移すことになるけど」
この国の王太子はやっぱり優しい。こんな私をまだ気遣ってくれるのだから。
「はい。今までありがとうございました。皆様に優しくして頂いて、幸せでした」
私は、せめて笑顔で別れようと思って、笑って言った。
今日は、エイミー様たちとのダンスのレッスンも、お昼からのキャロル様とのお勉強も何もかもが中止になってしまって、もう、夕方になってしまった。
何だろう? 何かすごくイヤな予感。胸騒ぎがする。
ここに来たばかりの頃のような……いいえ、それよりももっと怖い感じがずっとしている。
不安で胸が押し殺されそうになっている時に、侍女たちから着替えをさせられた。
これは、こちらの国王に謁見をする時に着るように作った正装のドレス。
だけど、装飾品は一切着けず。
髪も後ろにリボンを着けるだけにしている。
侍女たちも、いつものようにおしゃべりをしてくれない、どこか硬い表情だった。
「お召し替えが、終わりました」
一番年上の侍女が、私を鏡の前に立たせる。
可愛いとは思うのだけど、どこか質素な装いだわ。
「ありがとう」
私がいつものように、笑顔でお礼を言うと、ありえない事に侍女が抱きついてきた。
「ロザリー様。わたくしは、ここでお待ち申し上げております」
そう言って、私から離れた。
ああ。そうか、私もうここに戻って来れないかもしれないんだ。
「ロザリー。用意できた?」
クリス様が軽い感じて言って、部屋に入ってくる。
「はい。クリス様」
そう、にこやかに答えた。もう、この優しい時間の中には戻れない。
私は、覚悟を決めてクリス様の後ろに付いて、部屋を出て行った。
途中クリス様が、私を自分の前に出した。
「たまには、僕の前を歩いたら?」
なんて、軽く言って。
クリス様と一緒に入った部屋は、クラレンス様の執務室だった。
何だか異様だ。
だって、普段いるはずの文官達が一人も居ない。
その代わりと言うように、兵士が部屋の周りを囲んでいる。
前方の机のところには、クラレンス様とダグラス様、次期宰相のリオン様、そしてキャロル様がいた。
キャロル様は、私を見るなり側に寄って来て抱き寄せてくれる。
周りを警戒して……。
まるで、周り中。兵士だけでなく、自分の婚約者までもが敵だと言わんばかりの警戒ぶりだった。
「キャロル様?」
私はキャロル様を見上げる。何が何だか分からない。
「大丈夫よ。ロザリー様」
キャロル様は、口ではそう言っているけど。
私の方まで、その緊張が伝わっている。
「なんだか物騒な事になったねぇ」
クリス様が、のんきな様子でものを言っている。
他人事だと思っているのか、緊張感が全くない。
「それで? 結局、どうなったの?」
「一応、まだ、アルンティル王国が、行動に出たとの確認は取れてないが……。そもそも、本当にリクドルと戦争をする気なのかもわからないし」
クラレンス様は、何だか分からない事を言った。
私の国が、なんですって? 戦争?
今、近隣諸国とも争っているのに?
何かおかしい。
リクドル王国は、ハーボルト王国の隣国にして同盟国だと、この国に来て知った。
私の国からは、はるか遠く。侵略するメリットもないのに。
だとしたら、私がこの国に来た理由。私の役目は……。
思い付いてしまった自分の考えが怖くなって、体が震えてしまった。
泣いちゃダメ。しっかりしなきゃ。
もしそうだとしたら、ここは敵陣のど真ん中だわ。
「ねぇ。ロザリー」
キャロル様の腕の中にいる私に、クリス様が話しかけてきた。
普段と変わらない様子で。
「はい」
私はしっかりとクリス様を見て、返事をする。
「君は、自分の国。アルンティル王国を捨てることが出来る? 僕の妻として」
妻……。クリス様は、この場で妻だと言って下さるのね。
兵士たちが、殺気立っている。
キャロル様を巻き込めないわ。こんな中でも、私を庇ってくれるのだもの。
私はキャロル様の腕から出る。さらに抱き込もうとしてくれる手を拒んで。
そしてクリス様の問いにしっかりと答えた。
「いいえ。わたくしは、アルンティル王国の王女です。自分の国を。何より、我が国民を見捨てる事など、考えた事もございませんわ」
そう、笑顔を絶やさずに。
それが私の王女としての矜持だから。
「その国から、見捨てられたかもしれないのに? 君がここに居るのに、我が国にケンカを売るような真似をするのはそういう事だよね」
クリス様の口調が厳しいものになってしまっている。
だって、仕方が無いのよ、クリス様。
私はこの為にここに送り込まれたのだと、わかってしまったのだから。
前を向くと、キャロル様が抗議の声を上げようとしているのを、クラレンス様から止められていた。
こんな場面でも、私の味方をしてくれるのね。キャロル様。
だけど、もう……。
私は、ドレスのまま膝立ちする。
立ったままだと、現場処刑された時に見苦しい死にざまになるから。
「わたくしは、アルンティル王国の為にここにいます。国の事情が変わっても。たとえ、本当に見捨てられたのだとしても。アルンティル王国への忠誠は変わるものではありません」
もう、キャロル様の顔は見れない。
私が今している事は、この国を戦争に導く行為。
今まで、私に優しくしてくれた人たちの顔なんてとても見る事が出来ない。
とても、許してなんて言えない事にこれからなるのだから。
私は、平然とできてるだろうか。
キャロル様のすすり泣く声と、兵士が動き出す音。
そんな中、私は前にいるクラレンス様の方を向いていた。
「ごめんね、ロザリー。君の身柄を牢獄に移すことになるけど」
この国の王太子はやっぱり優しい。こんな私をまだ気遣ってくれるのだから。
「はい。今までありがとうございました。皆様に優しくして頂いて、幸せでした」
私は、せめて笑顔で別れようと思って、笑って言った。