リリー嬢と一緒に逃げた男の話 4

文字数 1,511文字

 子どもの頃と、同じセリフをリリー様は言ってくる。だけど、あの頃とは状況が違う。

「楽しくは……無いでしょう。こんな生活……」
 相変わらず、リリー様はその身を俺に預けてくれているけど。
「そうね。ハンスは楽しくないでしょうね。ごめんなさい」
 リリー様は少し、しょげた感じで俺に言ってきた。

「ダメね、私。ハンスに庇われてばかりで。私ばかり楽しいの。本当は、私に付き合って一緒に逃げなくても良いのに……巻き込んで、ごめんなさい」
 違う、俺は。そんなことを言わせたいんじゃなくて……。
 気が付いたら俺は、腕の中のリリー様の顔を俺の方に向けさせて唇にキスをしてしまっていた。
「……俺は、好きだから。出会ったときから、リリーのそばで楽しくなかったことなんてない」
 そうして、リリー様を立たせてスカートに付いた土を払ってやる。

「リリー様。自力で歩かれるのなら、私の側を離れないでください」
 リリー様は俺の腕にしがみついてにこやかに言った。
「私も……。私もハンスの側で楽しくなかったことなんてないわ。
 さぁ行きましょう」
 顔が熱い。多分、鏡を見たら俺の顔は今、真っ赤になっているのだろう。

 山の中腹まで行くと、いきなり人影が見えた。
 一人は賢者に似てたけど、アレはクリス王子殿下だ。それに、王太子殿下と婚約者のキャロル様。なんで、こんな所に……。
 リリー様が出会った頃のように、両手を広げて俺を庇っている。

「どうか、連れ帰るのは私だけにして下さい」
 冗談じゃない、今、連れ帰られたら殺されてしまう。
「リリー様!」
 やめてくれ。
 何とかリリー様を俺の身体の後ろに庇おうと必死だった。
「私は、どうなっても構いません、ですから」
 そんな言葉、聞きたくないのになんで……。

「だってよ。王太子殿下」
 え?
 さっきまで、怖い雰囲気を出していたクリス王子殿下が、殺気を霧散させて、後ろにいる王太子殿下に話を振っている。
 王太子殿下がリリー様に純金の鎖を渡していた。そんなのどこで、換金しろと?
 そんなもん庶民が持ってたら、盗んだと思われちまう。
 そう思っていると、王太子殿下が俺の方を向いて頭を下げてくる。
「リリーを、どうか幸せにしてやってくれ」
 あんまりのことに、二人で呆然としていると、あれよあれよという間に、光の中に包まれていた。

 光が収まったと思って、目を開けると造りのしっかりした家に着いていた。
 キャロル様から、『抱き合ってて』って言われた通り抱き合ったのでまだ……。
 慌てて離れた。一階は台所とダイニングルームになっているのだろうか、奥にも部屋があるようだけど。台所の食料庫も充実してた。

 二階は寝室とあと何部屋かある。寝室には二人で寝ても充分なくらいの大きなベッドとクローゼットにはちゃんと二人分の服が入っている。
 何もしなくても、当面暮らしていけるだけのものは置いてあった。

 寝室のサイドテーブルの上に紙が置いてある。
『ここはリクドル王国だよ。ハーボルト王国からの追っ手は国外には出さないから、安心して暮らしてね。ちょっと大魔法を使って、『商人の末娘とそこの使用人が夫婦になった』って事にしているから話を合わせること。
 魔法はね。いつか解けるけど、その頃にはそんな事どうでも良くなるくらい、その町に馴染んでるよね、きっと。この家と大魔法の代価に、金の鎖もらっていくね。じゃね。できうる限り幸せになること……クリス』
 二人で読み終わったら、その紙はス~ッと空気に溶けるように消えていった。

 そう……出来れば幸せになって欲しいけど、それは二人の問題。
 後は、知らない……。

                          番外編 おしまい
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み