臨界 ④

文字数 2,307文字

 「……」

 サレナへ振り下ろされた魔剣の一撃を防いだのは、傷に塗れた一振りの大斧だった。

 「……貴様、何者だ?」

 魔将ラ・リゥが疑問を抱くのは当然だった。大斧の柄を握り締めた黄金が発する闘気は常人の枠組みから外れた超人の域。勇者と見間違う闘志を放出する存在……聖王エルドゥラーは黄金の瞳で魔将を睨み、全ての命を圧殺するかのような殺意を滾らせた。

 「何者か、それは幾重の意味を孕んだ問い。我は聖王エルドゥラー。人類統合軍を統べる王にして、四英雄が一人。破界儀を宿す者と云えば貴様なら理解出来よう。魔将ラ・リゥ」

 極限にまで濃縮され、敵を叩き潰さんとする殺意がラ・リゥより溢れ出し、魔将が纏う魔鎧が軋み嘶いた。

 「違うな、何故嘘を吐く。貴様にこびり付く醜悪なる臭い……その肉身と精神が纏う呪いは聖王などという凡夫の器に似つかわしくはない。勇者……いや、貴様はその代わりか? 神に代役を仕立てて貰ったか? 人類」

 地が砕け、割けると同時にその現象があたかも存在しなかったという風に直前の状態に回帰する。魔将が空気に存在する魔素を殺し、絶対的な死の概念を押し付けようとも聖王に宿る破界儀が死を否定し、概念ごと破壊し尽くし無に帰す。

 一見すれば壊れた大地が一瞬の内に修復される奇妙な光景が目に映る。命を蝕む死の概念が不可思議な力の片鱗により打ち消され、魔素を殺すという常人離れした術技を破壊する様は常人には感じ得ないし、見えもしない。だが、エルドゥラーと刃を交えるラ・リゥは聖王の破界儀を視認し、本来持ち得る力を別方向に操る技能に少なからず脅威を感じ取る。

 「我は勇者ではない。人類の勇者はエリンだけであり、貴様等の決戦存在もまた魔王のみ。魔将よ、何故触覚を用いてまで人類領に戦を仕掛けた」

 「神を殺す為。そして、王冠を我が手中に収める為だ」

 甲高い金属音が響き渡ると同時に神速の剣戟が繰り広げられる。一撃一撃が互いの急所を貫こうと牙を剥き、瞬き程度の暗転が命取りとなる攻防。鋼がぶつかり合い、火花が散る中、魔将へ黒鉄の巨獣が巨剣を振り下ろす。

 「邪魔をするな、下郎めが」

 エルドゥラーの拳が巨獣の剣を弾き飛ばし、怒りに身を任せた大斧の一撃が獣の心臓を斬り穿つ。

 「魔将よ、何故サレナの命を奪おうとする。あの少女は神ではない筈だが」

 「神ではない? 神ではないだと? 貴様等人類の、定命なる者の尺度で神など理解出来る筈がなかろうに。言っておくぞ、今この瞬間であの小娘の命を断っておかねば後悔する。人類も、魔族も、世界も、何もかもが手遅れになるのだ」

 魔将の術が発動し、世界そのものが変貌する。

 夕日は朱に染まり、黄昏を真宵が飲み込み暗夜へ化す。古代の術語がフルフェイスの隙間より漏れ出し、その言葉一つ一つに破滅への意思と願いが込められ世界を司る摂理そのものを死に至らしめ、冒涜する。

 

。魔将の秘儀が発動し、ワグ・リゥス全域を黒鉄の屍が散らばる戦場へ変えた魔将はサレナとエルドゥラーを見据え、魔剣に鮮血を滴らせる。

 「命はやがて終わり、死を迎える。この屍一つ一つが我が戦友の亡骸であり、死して尚我が背を支える黒鉄。栄光ある死を求めず、友の為に戦い、散った記録に無い英霊達。人魔闘争、世界の制約、そんなものは茶番劇に過ぎん。我等が求めるただ一つ……恩讐の果てに成される宿怨の終わりだ」

 一人、また一人……。砕け、血に塗れた鋼の骸が起き上がり、真紅の眼光を灯す。冷徹なる殺意を、黒き希望をその身に宿した黒鉄の戦奴達は剣を構え、命ある存在へ憎悪を滾らせ牙を剥く。

 「……サレナよ」

 「はい」

 「黒鉄の剣士を愛しているか?」

 「……はい」

 「人として再び相見えたいか?」

 「……はい」

 「ならば良し。奴を人に戻す方法が一つだけある」

 「それは本当ですか?」

 「如何にも。だが、危険な賭けだ。命を落としてしまうかもしれぬ。それでも、貴様はアインとやらを人に戻したい。そう願っているのだな?」

 迫り来る無数の戦奴を撃滅し、自らの破界儀の出力を高めた聖王は巨獣を指差し大斧を振るい。

 「愛するのならば、人として寄り添い生きたいと願うのならば、己の道は自らの足で踏みださねばならぬ。誰からでもない、己の意思と希望こそがその人たらしめるのだ。サレナよ、巨獣への道は我が開こう。命を賭け、勇気を以て己が愛を示せ」

 一閃。エルドゥラーが繰り出した極光の一撃が死の世界の一部を破壊し、サレナへ道を指し示す。

 「行け。奴の相手は我がする」

 「……ありがとうございます、聖王様!!」

 光の道を駆け出した少女を一瞥し、更なる力の圧力を以てラ・リゥの秘儀を捻じ曲げるエルドゥラーは死の世界を構成する法則の一部を破壊する。

 「……貴様、本当に人類、いや、神の細胞の一部か?」

 「我はエルドゥラーという一介の凡人に過ぎん。触覚が織り成す秘儀であるのならば捻じ曲げ、破壊するに容易いが貴様の

が相手なら我も本気を出さねばならぬ。ラ・リゥよ、今は剣を退け。貴様と我が争い、殺し合おうとも神は修正を繰り返すだろう」

 「何を根拠にそう語る」

 「神……あの悍ましき白銀は滅さねばならぬ。奴が生きている限り、領域に居座っている限り、人と命に安らぎは訪れん」

 外界との繋がりを破壊したエルドゥラーはワグ・リゥス全域に広がった魔将の秘儀を必要な分だけ存続させ、戦奴を斬り殺しながらラ・リゥに歩み寄り。

 「取引をしよう、魔将ラ・リゥよ。貴様が我の計画に加担するか否か、計画の果てに存在する真の目的について。話をしたい」

 魔剣を構えた魔将へ大斧を振り上げた。

 
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