意思と力 ②

文字数 3,103文字

 「面白い話を聞かせてくれた礼に、世界と騎士殿の事について話してやろう」

 落ち着いた口調で指を二本立てたカロンは、淀んだ瞳でアインとサレナを見据え、美しい金糸の髪をかき上げた。

 「世界は制約と誓約に縛られた愚者の無間地獄であり、貴公らと同じように世界を変えたいと願う者は歪な世界構造に異議を唱えている。制約は枷であるが、誓約は力だ。自分、他人に意思を誓い、力を引き出す異能を

と呼び、世界を変える資格を持ち、世界の制約から抜け出した者を

と呼ぶ。超越者は胸に秘めた牙を研ぎ、世界に反旗を翻そうと

を待っているのだ」

 宙に指を走らせ、魔力を用いての樹形図を作り出す。

 「秘儀を持つ者は世界中に存在する強者と呼ばれる存在だ。人類ならば英雄と云った方が身近な呼び方だろう。反対に、魔族ならば上級魔族或いは魔将と呼ばれる存在だ。秘儀を持つ者は確固とした己の意思を持ち、意思を力にして振るう準決戦存在と仮定すべきだろう。だが」

 「超越者は別格の生命体であり、産まれた瞬間から異物として生きてきた

だ。世界を憎み、世界を慈しみ、世界を悲しみ、世界へ怒る。森羅万象の理から逸脱し、己が意思を以て世界に変革を齎す存在。その者らが持つ異能を

と呼ぶ」

 誓いの意志が秘技と呼ばれる異能を司るなら、世界の変革を成す意志の力が破界儀なのだ。誓約は力であり、意思もまた力。この制約で縛られた世界で、己の意思を以て進む者は異端であると、魔女は言う。

 「秘儀を持つ者は強者であるが、世界を変える力を持たぬ者。破界儀を宿す者は生まれながらの異物故、世界の真理を無意識に感じ取り、己が意思と願いを以て世界に変革を齎す者。聖女殿よ、貴公は一体

?」

 口元に笑みを浮かべたカロンは、ローブの襟から煙管を取り出し、一口煙を吸い込むとアインへ視線を寄せる。

 「騎士殿、貴公は記憶を失っているご様子だが、それは真かね?」

 「……」

 「沈黙は肯定と受け取ろう。騎士殿、貴公の黒甲冑と剣、それらの武具と非常に似ている物を私は知っている。知りたくないかね?」

 「……話せばよかろう」

 「存外知りたがりなのだな、まるで幼子のような好奇心だ」

 この女の目を見ていると、果てしない闇を見ているかのような気分になってくる。
 一切の希望を捨て去っているのに、一筋の希望を求め、深い絶望の底なし沼で揺蕩っている毒草のような女。
 全てを知っている、世界を俯瞰し、命を侮蔑し、希望を託すような真似をしては絶望の種を撒く毒婦。カロンと云う魔女は全知に近い英知を持ち、人を誑かしては、絶望と希望を同時に与えようとする黒蛇のような美女なのだ。

 何故アインがカロンの声が、気配が、視線が嫌なのか。その理由が分かったような気がした。この女は力が有る筈なのに、誰かが世界を変えてくれるだろうと期待し、期待が外れたら絶望を繰り返す。その様は支離滅裂で破綻しているのだ。救われたいのに、殺されたい。救いたいのに、救えない。そんな自分に絶望しては、再度希望を求めて誰かに希望を託し、絶望する。

 狂い堕ちた賢者は魔女と蔑まれ、森に封じられた。希望という胎児を孕み、絶望を産む化生。自らの意思を見失ったカロンは、確固たる意思を確立させた者へ絶望を植え込み、希望を求める狂人であるのだ。故に、アインは嫌悪する。一人で死ねないから誰かを道連れに堕ちていこうとする様に、鮮烈な殺意をぶつけずにはいられないのだ。

 「そう昂るな、怖気づいてしまう」

 「戯言を吐くな、貴様の目に恐怖の色は浮かんでいない。在るのは享楽と愉悦か?  斬るぞ、魔女」

 「貴公に私を斬る事は出来ても、殺せぬよ」

 一閃、アインの剣がカロンの頭半分を横薙ぎに叩き斬る。

 「アイン!!」

 「……」

 サレナが声を張り上げ立ち上がり、カロンの下へ走り寄ろうとしたが、肩をアインに掴まれ「近寄るな、アレは死んでいない」と制止させられる。

 「―――久しぶりに斬られたが、存外痛みというものは慣れぬな」

 斬られた部位から肉が盛り上がり、悪性腫瘍のように細胞が増殖と分裂を繰り返し、半分失った頭部を元通りに作り直した。

 「聖女殿よ、そう慌てるな。私はこう云った存在故、死ねぬのだ」

 死ねない故に殺せない、殺せない故に生き続ける。自らの身を以て自身の不死性を証明したカロンは、迷い無く剣を振ったアインへ賞賛の言葉を贈ると、椅子に座るよう促した。

 「その甲冑と剣、良く知っている。甲冑の名はノスラトゥ、装着した者の感情を魔力に変換し、身体能力の超強化と城塞の如き堅牢さを与え、疑似的な不死性さえも使用者に付与する呪われた鎧。ノスラトゥには逸話があってな、甲冑は三度の勝利を約束し、四度目には破滅を与えると云う逸話さ。何故か分かるかね?」

 「……代償を要求する、からですか?」

 「良い答えだが、不正解だ。騎士殿はどうお考えで?」

 「死ぬからだろう、故に、破滅だ」

 「死ぬだけならまだいいさ……正解は、生きたまま死に、死んだまま生きるのさ」

 サレナの息を呑む声が聞こえた。金の瞳がアインへ向けられ、その目は大きく見開かれていた。

 「ノスラトゥは使用者に強大な力を与え、どれだけ力の差があろうとも覆せる能力を与える。敵へ向ける殺意、敵を憎む憎悪、敵を許せぬ憤怒、敵を恨む怨恨、敵を呪う呪詛。戦闘時における感情をそのまま魔力へ変換し、甲冑の機構を最大限に稼働させれば三度の戦闘までは勝利を得られるが、四度目の戦闘となれば使用者は甲冑に感情を奪われ、廃人となる。故に、破滅。生きた屍、死した生者が出来上がる」

 「最恐最悪の戦闘甲冑ノスラトゥ……騎士殿が着込んだ甲冑は強大な力を授ける代わりに使用者の感情を奪い尽くす呪いの鎧。そして、その剣もまた別格の武具であるのだよ」

 これ以上、ノスラトゥ以上の武具が存在するのだろうか? 嫌だ、これ以上聞きたくない、アインが、死んでしまう事実を、聞きたくない。

 「その剣は私の目を、知識を以てしても底が見えぬ存在自体がこの世のものでは無い剣。刃を覆う神気は魔を纏い、ノスラトゥが生成する魔力と持て余した感情を喰らう魔剣にして神剣。恐ろしいな、未知と既知が混在している様は実に恐ろしい。その剣は神剣なのか? その刃は魔剣なのか? 神剣であるのならば勇者が持つ決戦兵器であろう、魔剣であるならば魔王が持つ決戦兵器である筈だ。だが、貴公は勇者でもなければ魔王でも無い。貴公は何に対し怒り、殺意を抱き、憎悪を燃やす? 騎士殿、貴公は何者なのだろうな?」

 呪われた黒甲冑と存在自体が別格の黒の剣。強大な力を振り回し、自由自在に操っているアインの失った過去と出自。全てを語らず、剣と甲冑の情報のみを話したカロンへ、彼は深い溜息を吐き、鼻で笑うと何を馬鹿な事をと口を開く。

 「魔女よ、俺が何者かと聞いたな? ならば答えよう、俺はサレナの騎士であり、剣だ。敵を斬り、彼女と共に歩む者。
 貴様、この甲冑は四度の戦闘で破滅を与えると言ったな? 俺は四度、いや、それ以上の数の戦闘を越えている。俺に破滅を与えられぬなら、甲冑は無限に魔力と力を俺に与えていればいい。黒の剣は斬る為に存在し、俺とサレナの敵を斬り殺せばいい。
 武具は武具だ、使い手に従えぬなら、従わせる迄。サレナが絶望を払えと言うならば、俺は絶望を斬り伏せよう。サレナが希望を求めるならば、行く手を阻む敵は世界であろうが斬り捨てよう。
 呪い? 破滅? ふざけるなよ、俺はサレナの望む未来の為に切り拓く。それが誓約を結んだ俺の意思であり、答えだ」
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