暴龍剣戟 ①

文字数 2,856文字

 「ドゥルイダー……」

 「……誇れよ、アイン。貴様は、この俺、上級魔族ドゥルイダーを、打ち倒したんだ。人類軍の誰が何と言おうと、貴様は、英雄だ」

 戦った時間は短いけれど、言葉を交わし合った時間も少ないけれど、上級魔族ドゥルイダーはアインにとって心の師であり、己の意思と誓約を指し示すに相応しい強敵だった。

 「……アイン」

 「……何だ」

 「俺は、貴様の絶望として、悪夢として、立ちはだかれただろうか? 貴様に、戦士としてのコミュニケーションを、示せただろうか? 意思を、誓約を、心を、証明出来ただろうか?」

 「……それは、貴様が一番理解しているだろう? 俺は、貴様のおかげで再び戦う理由を、意味を見つける事が出来た。戦士としては、貴様は最高峰の位置に立っていた。俺は、お前を尊敬する。戦士として、指し示す者として、心からの賞賛を送ろう」

 口から血を吐き出し、生温かい血を胸から噴出させたドゥルイダーは静かに笑う。もう思い残すことは何も無いと、己の全てを出し尽くした戦いに満足した様子で、瞼を閉じる。

 「……アイン」

 「……」

 「俺から、離れろ」

 最後の力を振り絞り、胸に突き刺さっている黒白の剣ごとアインを投げ飛ばしたドゥルイダーの首元に、注射器が音も無く突き刺さる。注射器のシリンジには翡翠色の液体が満たされており、魔力による遠隔操作でプランジャーが押され、液体がドゥルイダーの体内へ入り込む。

 「ドゥルイダー!!」

 「……この時を、この瞬間を狙っていたか、ニュクス」

 ドゥルイダーの肉体……薄皮一枚隔てた筋肉と皮膚の隙間から、カラスマスクで素顔を包み込んだ黒衣の魔族が姿を現し、紅樺色の瞳に憎悪を宿したドゥルイダーの右腕から血を抜き取る。

 「ドゥルイダー、私は常々君に言っていた筈だ。己が意思と誓約に真っ直ぐに生きるなと。嘘や偽りを混ぜてこそ人は人であると。何度も言っていた筈だ。嗚呼、いや失敬。君は人ではなく戦士だったな」

 「ニュク、ス……!!」

 「死ぬならば私の利になるよう死んでくれ給え。新薬の実験台としては、人類の戦士では脆すぎてな。私と同じ上級魔族の君こそが相応しい。感謝するよ黒甲冑の騎士……名はアインだったかな? ドゥルイダーを此処まで弱らせてくれてありがとう」

 黒白の剣が上級魔族ニュクスへ振るわれるが、彼の魔族は風に吹かれた紙切れのような動きで凶刃を躱し、軽やかな身の熟しで黒衣に付着した煤を手で払う。

 「以前聞いていた情報と姿形が違うな。いや、違っていてもその身に宿す殺意と激情は同じか。まぁいい。私は君に用事は無い。用事があるのは」

 魔将殿が憎悪と殺意を向ける、あの小娘だ。地面に身体を溶け込ませ、水中を泳ぐ魚のように戦場を駆け抜けるニュクスは、脇目もふらずに砦へ向かう。

 「待て!! ―――ッ!!」

 ニュクスの後を追おうとしたアインは背後から激しい殺意と憎悪を感じ取り、咄嗟に剣を構え、溶岩を纏った拳を刃で弾く。

 「ドゥルイダー……!!」

 瞳に業火を宿し、肉体を烈火の炎で包み込んだドゥルイダーは悶え苦しむように己が肉体を抱き締め、声高々に咆哮する。苦痛から逃れるように、狂気を解放するように、大地と空気を震わせる叫びと共に、彼の魔族の身体は人の形から巨大な龍へと変貌した。

 「……」

 一目見て理解する。あの龍は最早ドゥルイダーの意識を保っていないのだと、アインは直感的に理解した。

 「……」

 己に戦う意味と理由を指し示してくれた戦士はもう存在しない。あの真っ直ぐな意思と誓約を持った戦士は、理性無き獣へと、人外へと成り果てた。

 この身に燃え滾る感情は憤怒と悲哀。最高の戦士が龍へ成り果て、その身に宿した心さえも失ってしまったことへの悲しみと、ドゥルイダーを獣へと変えた上級魔族への鮮烈なる怒りと殺意。その二つの感情が、アインを戦いの意味を教えてくれる。

 「……ドゥルイダー、救ってやる。お前を、必ず救ってやる。だから、待ってろ。今すぐに」

 殺してやる。そう呟いたアインは理性を失ったドゥルイダーを救うために、剣を龍へと向けた。

 


 ……
 ………
 …………
 ……………
 ……………
 …………
 ………
 ……




 魔軍がドゥルイダーの命令により砦への進行を止め、戦いの手を休めたアクィナスとクオンは、サレナが居る砦へ戻っていた。

 戦場一帯を覆い尽くす溶岩の壁。壁の向こう側にはアインとドゥルイダーが死闘を繰り広げ、常人が入り込むことが出来ない領域となっていた。

 溶岩の壁が解かれる条件は勝敗が決した時。それまでは、誰にも二人の戦いを止めることは出来ないのだ。

 「……」

 「アクィナス、ずっとあの壁を眺めているけど、どうしたのさ」

 「……もし私がドゥルイダーと戦っていたらと考えたら、どうなっていたのか考えていた」

 「上級魔族のことだね。どうだろう……奴はアインに執着していたみたいだし、多分私達が戦うってなった時はアインが敗けた時だろうね」

 「クオン、君はあの剣士が敗けると思っているのか?」

 「いいや? アインが敗けるわけがないよ。もし彼が敵わないなら、私達二人、砦の戦士と兵が束になっても勝てないだろうね」

 「随分とあの異形の剣士を信頼しているんだな」

 「サレナちゃんが信頼している人だからかな。いやね、アインは基本的に不愛想で無器用な男なんだけどさ、話は結構聞いてくれるよ? 見た目だけで判断するのは、少し勿体ないと思うけどなぁ」

 「……」

 異形の黒甲冑に身を包み、素顔も晒さない剣士アイン。見た目だけみるならば、彼の姿は異形の一言に尽きる。鋭利で攻撃的な造形の黒甲冑を着込み、何の意匠かも分からない異貌のフルフェイス。バイザーから覗く真紅の瞳は、狂気的な殺意と激情を宿しており、彼に敵意が無くとも、人は敵意を感じ取ってしまう。

 「……サレナは」

 「ん? なに?」

 「サレナはアインに対し、愛と信頼、絶対的な信用を置いている。クオンも、彼を信用している。……だが、何故だろう。私はアインをどうしても好きになれそうにない」

 「ま、それは人それぞれだよね。けどさ、私が最初に会った頃のアインと比べたら、彼はかなり丸くなった方だよ? 一度さ、ゆっくりと話してみたら?」

 「……彼が無事に帰ってきたらな」

 乾いた風が頬を撫で、戦場特有の臭い……血と煤、死体の臭いが鼻孔を刺激する。

 「此処に居たのですね、二人とも」

 「あ、サレナちゃん! えっと、兵舎の方は大丈夫なの?」

 「はい、一段落しました。アインは……あの溶岩の向こう側に居るのですね」

 「うん、ドゥルイダーと戦っている最中だと思うよ」

 「……」

 「アインが心配?」

 「心配じゃ無いと言えば、嘘になります。ですが、彼なら大丈夫でしょう」

 そう言ったサレナは、風に揺れた髪をかき上げ、額の汗を拭う。

 「サレナ」

 「何でしょう? アクィナスさん」

 「君は、どうして彼を其処まで信用する? 教えてくれないか?」

 黄金の英雄は、サレナに言葉を求めた。
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