部外者 ⑤

文字数 2,466文字

 「あ、あの、その、アインさんは、何処から来たんですか?」

 「遠い場所だ」

 「と、遠い、場所? えっと、家族は」

 「家族は居ない。いや、どうだろうな……親という存在が俺には居るのだろうか」

 「え? それは、どういう」

 「意味を問われれば答えは虚空に消え、理由を尋ねられようと理解が及ぶ言葉を持ち合わせてはいない。分かるのは俺には仲間が居て、親の顔を知らんということだけだ」

 腕を組んだまま窓の外を見つめ、吹雪を眺めていたアインは俯き涙目になったイーストリアを一瞥し「別にお前が気にすることではない」と話す。

 「ご、ごめんなさい……」

 「謝る必要は無い。貴様が納得するような答えを持ち合わせていなかった俺が悪い」

 「ち、違うんです。その、あの」

 「……イーストリア」

 頭を掻き、どうしたものかと悩むアインが発する殺意に少女はとうとう涙を流し、慌てたように手の甲で拭うと蒼い結晶と化した涙をガラス瓶に貯める。

 「アインさんは……怒って、いるのかなと」

 「怒っちゃいない」

 「けど、アインさん、ずっと黙ってるし、話さないから」

 「……それは俺が悪いな、すまなかった。だがイーストリア、俺は怒っていないし貴様に害を成そうとも思ってはいない。……もう少し話が上手ければいいんだが、こうも口下手だと面白くもないだろう?」

 「そ、そんなこと……」

 「……ずっと、戦ってきた。戦って、ぶつかって、言葉を交わして、相手の意思と心を知って……剣を振るった数だけ命を奪ったし、殺してきた。面白い話しなんぞ一つも無いんだ……俺は」

 剣呑な雰囲気を纏い、己と同い年に見える少年……剣士が重い口を開くと灰の剣を抜き放つ。

 「歩みの中で意味を探り、戦いの理由を知る。イーストリア、俺は剣を持つ人だ。誰かに尊敬されるような上等な者じゃない。だが……それでも誰かの為に、誰かを守り、救えるような者になりたいんだ」

 「……」

 「馬鹿らしいと笑ってくれても構わない。阿呆の戯言だと嘲笑っても仕方がない。それが俺で、剣を持ちながら歩む道なら茨が生い茂っていても進み続けるんだ」

 彼の真紅の瞳には迷いがあり、幾重にも圧し掛かる葛藤が見て取れた。鮮烈な殺意を纏い、強烈な激情を湛えていようとも己の中に在る意思を剣に乗せた剣士はイーストリアにとって眩い太陽に思えた。

 「アインさんは……強いん、ですね」

 「俺は別に強くも何とも無い。俺よりも強い奴なんざ幾らでも居る」

 「でも……強い、です」
 
 「……敗けられないからな」

 「敗けられ、ない?」

 「敗けられないし、人としての生を歩んで必ず生きて帰る。口約束であろうとも、約束は約束だ。サレナとイエレザとの……約束だ」

 「……」

 約束だけで強くなれるならば苦労はしない。イーストリアが誰かと約束を結んだところで、彼女は決して強くは成れない。

 歩む道がどれだけ苦難に満ちていようとも、苦痛に苛まれる道であろうとも、己が道を往く意思と心があるから強くなれるのだ。アインが交わした約束は云わば険しい道を平らにする特別な力ではなく、彼の脚を支える杖に他ならない。

 「貴様は」

 「え……? あ、はい……」

 「何故この塔に居る。今来たとかそんな話ではないのだろう? それにその涙……ずっと泣いていたのか?」

 「こ、これは」

 「話したくないのなら話さなくてもいい。だがイーストリア、言葉にして心の内を吐露した方がいいこともある。それは貴様の勝手だがな」

 椅子に深く腰掛けたアインは剣を床に突き立て大きく息を吐く。

 話そうと、話さまいと……。彼に自分の身の上話をしたところで何も変わらないような気がした。三日後にアインという剣士は魔導具の修理を終え、雪原を渡って町へ帰還する。彼は己の戦いへ向き合い、仲間達の下へ帰ってしまう。

 「一目見た時から気になっていた」

 「……」

 「貴様は何を恐れ、何に怯えている。かつて抱いた意思は恐怖に陰り、心は恥辱と屈辱に曇っている。イーストリア、もう一度言う。俺には貴様を害そうとする気は微塵も無いし、貴様の為に剣を振るう覚悟がある。貴様が俺をどう見ようが、何と思っているかなど関係ない。何を選び、求めるかは貴様次第だ」

 紅玉のような真紅の瞳。仮面の奥に見えるアインの感情を推し量る唯一の煌めきがイーストリアをジッと見つめ、少女の言葉を待つ。

 「……わ、わたしは、な、なにも、出来なかった」

 「……」

 「怖くて、悲しくて、寂しくて……。あ、あの人が、来るたびに、悔しくかった……」

 長年付き合いがあった町に裏切られ、知らぬ間に忍び寄っていた悪意に家族と仲間を奪われた過去。自分一人だけが生き残り、首謀者たる青年エルストレスに己の全てを奪われ搾取される日々。

 明くることの無い地獄では苦痛だけが存在し、塔の形をした監獄はイーストリアに痛みを与え、精霊種の力である涙を採取する大規模工房となっていた。嬲られ、穢され、犯されて……。助けを求めても英雄は到来せず、己の死を選び取る勇気も無い少女は涙を零し、掌を強く……血が滲み出る程強く握り締める。

 「わ、わた、私は、弱いんです……。弱いから、抗えない……逆らえない……。そ、そんな、そんな私が、求めるだなんて、手に取るだなんて」

 「助けを求め、救いの手を伸ばすのは何も不自然なことではない」

 「ど、どうして?」

 「イーストリア、俺は貴様に宿と飯を貰う恩義がある。いいか? この塔……雪原では俺は

に他ならん。恩を返す為、貴様の為に剣を振るうことがそんなに可笑しいことなのか? これは一種の取引だ、それも貴様の方が圧倒的上の立場にある一方的なもの。イーストリア、貴様の願いと祈りを俺に言え。全力で応えよう」

 「ッ!!」

 アインの激情がイーストリアの心に燃え移り、剣士の殺意が少女の内に潜む絶望に牙を剥く。

 手を伸ばせば届く距離だった。か細い声が喉の奥より漏れ出し「助けて……アインさん」と勇気の欠片が剣士に届く。

 「あぁ、任せろ」

 そしてアインは剣の柄を握り締めた。
 

 
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