それでも ①

文字数 2,376文字

 「私は、アインを愛しています」
 
 「どうして? あの子ってば何時も誰彼構わず剣を向けるし、自分の殺意を隠そうともしないじゃん? おまけに在りもしない記憶に引っ張られて、自分を千年前の剣の英雄だと勘違いしちゃうようなおバカさんだよ?」

 「ただ彼は不器用なだけなんです。記憶を失って、殺意と激情に塗れていても、彼は人を見ています。認められないから怒り、他者が自分だけの意思を持った時には認める心を持っています。……決してバカなんかじゃありません」

 「理解出来ないなぁ……。薄々君も分かってるんでしょ? 王様とサレンの関係を聞いて、王様が神様を殺し損ねて不完全なコントラクトゥムが世界に敷かれた話を聞いてさ。お利巧な頭を持ってるサレナならもう理解している筈さ。アインはアインであって、彼は空っぽなんだって」

 「……」

 可笑しいとは感じていた。騎士の言葉からサレンへの想いの吐露、後悔と悲しみの念が浮かび上がる真紅の瞳を見て、サレナは少なからず違和感を感じていた。

 もし、アインの取り戻した筈の記憶が彼自身のものではなく、騎士のものだったとしたら。騎士の云った魔剣の浸食により、アインの記憶が上書きされていたものだとしたら。それは、残酷な結果に繋がってしまう。

 「君の魂はサレン……神様が創り出した触覚の機能を持っていた。彼女が千年前のアインを求め、彼の肉体を持つ現在のアインが産まれた時、丁度聖女の末裔……巫女から既に死した赤子が産まれた。君は神の触覚であり、神の容れ物に過ぎなかったワケだ。まぁ、神様もまさか今の時代にアインの存在を感じ取るなんて計算外だった」

 「……それでも、私は私です。サレンなんかじゃありません」

 「そうさ、君は君の意識を持ち、意思と誓約を持っている。だけど、君が愛するアインはどうだい? 記憶を失っていて、意識を取り戻す前は無意識的に殺戮と血肉を求めていたんだよ? そんな彼に人間性はあるのかな? 不意に意識を取り戻したからって、すぐさまその環境に順応出来るかな? 可笑しいね、とんだ茶番だ」

 クスクスとエリーが笑い、クルーガーが深い溜息を吐く。

 「ねぇサレナ……その愛はサレンの影響を受けているんじゃない?」

 「そんな筈ありません!! 私は―――」

 「とんだ三文芝居、捻りやちゃぶ台返しも無い茶番劇! 観客は呆れて匙を投げて、小石さえも飛んで来そうだよ! 嗚呼可笑しい……。君は本当にあの子を愛しているの? その意思は本物? 話してみてよ、サレナ」

 サレナの愛を否定し、アインの存在をさえも否定しようとするエリーは煌めく星光の刃を持つ剣を抜き、少女へ向ける。

 「これ、何だか分かる?」

 「……剣、ですよね」

 「そ、剣。それもただの剣じゃないよ? 人類の決戦兵器たる神剣さ。基となった神剣……神様の剣に遠く及ばないものの、この剣には数多の命の願いと祈りが乗っかっるの。人と命が創り出した、人の為の剣……それが人造神剣さ。対してクルーガーが持つ剣は、王様の破界儀で練り上げられた千年前の魔剣そのもの。私の剣は人に何の影響も及ぼさないけど、魔剣は違う。使い手の精神を侵食し、記憶を上書きするのさ」

 「……アインは、魔剣に精神と記憶を冒されているのですか?」

 「さぁどうだろ? 侵食されていたとしても、空っぽの脳に満たされる偽りの記憶が彼をアインとして作り出したんだろう? 可笑しいじゃないか、千年前の記憶を持つ彼を、神様と全く同じ容姿を持つ君が恋をして、愛を説く。サレナ、君のアインへの愛は本当の想いだと断言できる? 出来ないのなら、それは下らない奇跡だね」

 「……アインは」

 「……」

 「彼は、何時も怒っていました」

 「……うん、そうだね」

 「何処へ向けるべきか分からない怒り、世界に対する憎しみ、全てを焼き焦がそうとする殺意……。彼は、私が此処で見た騎士の記憶を見ているのかもしれません」

 黒甲冑に身を包み、存在しない記憶に苦しむ剣士はエリーの云う通り空っぽなのかもしれない。

 だが、サレナは知っている。空っぽだとしても、身に覚えのない殺意と激情に身を焦がされてたとしても、彼は自ずと自らの道を……意思と誓約を見つけ出す強さを持っていると。無器用な優しさを見せ、他者を求める心を持っていると、誰よりも知っている。

 「もしも私がサレンさんからアインを愛するように仕向けられていたとしても、アインが私にサレンさんを重ね、守ろうとしていたとしても……私は自分自身の愛を信じたい。私の意思と誓約を、魂がアインを求めているんです……! 彼は空っぽなんかじゃない! 私が、みんなが彼を満たしてくれる筈なんです! だから私は」

 アインが幸福になれる為の、みんなが生きられる世界を望みたい。これが、アインを救う為の術であるのならば、彼の存在を許容できる条件なのだとしたら、迷わず掴み取りたいと願う。

 「……そうだね、君はそう願うだろう。彼の為に祈って、願って、それを力に変える。みんなの為なのか、誰かの為だけの渇望……いや、願望なのか。どちららにせよ、その意思は君だけのものだよサレナ。うん、良い答えだ」

 ケラケラと愉快そうに笑ったエリーは神剣を鞘に収め、サレナの手の甲に掌を重ね。

 「詰めるような言い方をして悪かったね。君ならば、必ず世界を良い方向へ導けるだろう。アインを……アイン・ソフを宜しく頼むよ」

 「アイン・ソフ……」

 「それが彼の真実の名であり、私とクルーガーが最初に与えた名前。真名をアインは忘れてしまっているし、知らない可能性が高いけれども、君が必要な時にその名を呼べばアインは鍵としての役割を果たすだろう。だから、サレナ……領域に至り、君のコントラクトゥムを世界に刻むんだ。それが刻みし者……統合者の使命であり、役目だからね」

 
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