真偽を問わず ④

文字数 2,813文字

 魔導人形という器……人類の遺骸を材料にした外殻を身に纏った男、ニュクスは虚ろな瞳をジッと細め、鬼気迫る表情で断罪剣を振るう断罪者を見つめる。

 人は誰しも己が魂に刻まれた制約に盲従し、自分の意思や心とは無関係に他種族を攻撃する。人類であれば魔族を、魔族であれば人類を、己の全力を以て滅し、殺し尽くそうと戦いに臨むもの。だが、断罪者と云う男はどうだ。彼は制約に心身を縛られようと、意思に枷を嵌められようと魔族である己より同胞であるズローへ剣を向けている。

 世界の制約が働いていない? ズローと同じような特異性を持つ存在か? いや、ニュクスの百年以上に渡る戦闘経験、制約研究においてズローのような命を彼以外に見た事が無い。ならば断罪者は何故制約に従わない? 何故他の命同様世界に対して頭を垂れない? 

 実に興味深い存在だ。被検体として魔族領へ連れ去り、その脳を解剖したい。復讐という意思だけで此処まで歩み、仇へ剣を向ける男に興味を抱かざるを得ない。口角を僅かに上げ、鋭い牙を見せたニュクスは「ズロー、あの男を捕らえよ。アレはお前と同じ存在やもしれん」指先を断罪者へ向けた。

 「そりゃ計画に必要なことか? ニュクスの旦那」

 「計画には当て嵌まらない異物である。だが、研究は良質な検体を得ることで初めて新たな段階へ踏み出せるのだ。ズロー、我が指示に従うならば貴様の力を更に強めてやることを約束しよう」

 「そりゃあいい。だが」

 生かさず殺さずってのは難しいもんだぜ? 獰猛な獣性を瞳に宿し、腕の付け根から伸びる異形の剣を振るったズローは悍ましい殺意を垂れ流し、断罪者が呼ぶ刃の雨を叩き砕く。

 「刃を生やし、降り注ぐなんて芸の無い技……。そう思わねぇか断罪者。殺し合いなら、命と命の応酬をしようってんなら互いに殺意を宿せよ!! お前は俺と同じなんだろ!? なぁにが断罪だ!! テメエがやってんのはただの八つ当たりか!? ええ!?」

 「……八つ当たり、我が復讐の過程が八つ当たりならば、貴様の歩む罪の道は何だ? 何故無辜の命を奪う。何故私の妻子の命を奪い、罪を重ね続ける。理解出来ない……否、したくない。我の標的は常に貴様一人、貴様が命を失い、その意思を途絶えた時、ようやく我の復讐は完遂するのだ」

 「それは制約よりも重要なんだろうなぁ!!」

 「制約だと? 人魔闘争の制約、個々人の能力を制限する制約、そんなものは心底どうでもいい。我が赦せぬのは同族殺しの制約だ。殺したい程憎い怨敵が目の前に居るのに、死んでもいいような塵屑が無辜を傷付けるなど赦されない」

 脇腹を剣で貫かれ、鋼の欠片が降り注ぐ中、双眼に憎悪と憤怒の焔を宿した断罪者が血涙を流しながら駆け出し、迫り来る異形の剣を紙一重で躱し続ける。

 痛みは生きている証だ。鋭い痛みを訴える脇腹も、血の生温かさを感じる両の足も、生きているから熱と痛みを感じ取れるのだ。異形の剣の牙が己の肉を抉り、血を啜る。傷が増え、血の流れる量が増える度に骨肉の刃が怪しく歪み、血肉を渇望する獣のようにさえ思えた。
 
 状況を鑑みれば断罪者の方が圧倒的に不利だった。相手は十本の異形の剣を縦横無尽に振り回す異常者と底知れぬ力を放つ魔導人形。対する断罪者は既に限界を迎え、影に潜むエリュシアと血塗れの男一人。先程まで優勢に傾いていたにも関わらず、ズローが時間稼ぎを止めた瞬間劣勢に傾くとは、何とも不甲斐ない。

 「可哀そうだよなぁ……弱ければ奪われて、奪われた先にあるものは無の境地。断罪者、お前は結局俺には勝てないんだよ。勝てないからまた奪われて、傷つけられて、血に濡れる。同族殺しの制約が存在する限りお前に俺は殺せない。剣先すら届かない。諦めろよ、お前は絶対に家族の仇を討てないんだからなぁ!!」

 「……絶対は、無い」

 「ハァ?」

 「……物事には絶対という概念は存在しない。悪もあれば善があり、光あれば闇もある。流れ、転じる心が織り成す様に絶対は無い。だが、一つだけ絶対という言葉を信ずるならば、それは己が抱いた意思と誓約であろう」

 血に塗れ、傷を負おうが剣を手放さない。

 「復讐の果てに何も無かろうが、我の意思が、誓約が、何も残さなかろうと、たった一つの誓いは変えてはならんのだ。我が復讐こそが貴様に命を奪われた妻子の鎮魂歌であり、弔いであると。この憎悪と憤怒が罪を断つ力を我に与え、罪人を裁く糧になると。……これこそが、我の絶対だ、ズロー」

 断罪者の意思と誓約には誇りや高尚さといったものは存在しない。彼が歩き、突き進む先には悪辣とした悪が存在し、並み叫ぶ無辜が存在しているだけ。

 怨恨の果てには恨み辛みが降り注ぎ、悔恨の荒野には暗い涙の雨が降る。燃え盛る憤怒は荒野を焼き焦がし、濁流の如く押し寄せる憎悪の海は何もかもを飲み込み恩讐すらも無に帰す。復讐の果て……其処に残る物は何も無い。

 「……真贋は人の目を惑わし、真偽は人の心を狂わせる。世界の制約は人を狂わせ、惑わす不可視の被膜。何もかもが曖昧で、何が正しく間違っているのか、不透明な世界の中、絶対と信じられる意思と誓約は絶やさない。故に我は言う」

 真贋を問わず、真偽を問わず。我思う故に、我在りと。激痛に苛まれる足を必死に動かし、ズローに近づいた断罪者は剣の形状を変化させ、天秤剣の状態へ戻すと刃を突き出し、ズローの胸へ迫る。

 「……」面白くも何ともない男だ。「……ッハ」口角を吊り上げ、剣の牙に魔力を滾らせたズローは面白おかしく笑い。「生かすのは無理だ。テメエは死ね、断罪者」怒りに任せたまま大きく剣を薙ぐと建物ごと宙を斬り裂いた。

 「何が絶対は無いだ!! 俺こそが、力こそが絶対だ!! 弱者が強者に頭を垂れて、何もかもを捧げることが真実だろ!? 忌々しい、憎々しい、テメエの言葉一つ一つが俺の神経を逆撫でする!! もう我慢は止めだ!! 全部、全部ぶっ壊す!!それでいいだろ!? ニュクス―――」

 無機質な瞳がズローを射抜き、ニュクスの持つ魔導具が光り出すとズローが胸を押さえて苦しみ出す。まるで心臓を握られたように、苦しみ藻掻くズローを冷ややかな目で見つめたニュクスは影に消えた断罪者の気配を探るが、目の前に広がるは切断された建物と瓦礫の山だけだった。

 「何故貴様はそう直ぐに熱くなり、力を簡単に振るう」

 「ガ――あ」

 「逃した魚は大きいぞ? 貴様は狂犬か? それとも狂人か? その力は快楽の為に与えたものではない。私の駒として動く為に与えた力だ」

 大きく溜息を吐いたニュクスを睨み付け、息を乱すズローは足元に広がる転移陣をみやると姿を消し、術を発動したニュクスもまた王城へ視線を向けると古代魔導炉の存在を感知すると同時に異物の存在も感じ取る。

 「……計画とは、中々に上手くいかないものだ。なぁ、聖女よ」

 そう言った彼もまた、姿を消すのだった。

 
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