心と意思 ④

文字数 2,675文字

 サレナの黄金の瞳とアインの真紅の瞳が交差し、少女と剣士は互いに無言のまま見つめ合う。

 何を話せばいいのか、どうやって話を切り出せばいいのか分からない。心は相手を求めている筈なのに、理性は答えを見出せない。手は温もりを欲し、熱を渇望しているが、頭が心に逆らってしまう。何かと理由を付けて、尤もらしい言葉を必死に捏ね繰り回すのだ。

 「サレナ」

 「アイン」

 同じタイミングで名前を呼び合い、再び沈黙する。アインはサレナが言葉を発するのを待ち、サレナもアインが口を開くのを待つ。戦場の真っ只中、二人とも自分の戦いを止めてまで沈黙を貫き通す。

 「……少し、疲れているようだな」

 「アインこそ、甲冑の損傷が酷いですよ」

 「まぁ……俺は戦っていただけで、何時も通り剣を振るっていただけだ。お前こそ、服に血が付いているぞ? 何か、俺が居ない間に戦いに巻き込まれたのか?」

 「いいえ、私は私の戦いをしていただけで、服に付いた血は負傷者と患者のものです。私自身の血ではありませんので、安心して下さい」

 「そうか、なら良かった」

 話がある、聞いてくれ。そんな短いを言葉を口から出せばいいだけなのに、アインの喉はその言葉を飲み込み、噛み砕く。

 違う、己が話したい言葉はそんな短いものじゃない。もっと別の事だ。彼女の気持ちを傷付けてしまった事に対し、謝りたい。その為に、サレナの手を取って抱きしめたい。彼女の温もりを……感じたい。

 「……サレナ、俺は」

 「アイン」

 「……」

 「一人で戦っていたのですね。砦に残されていた兵と戦士を守る為に、傷つきながらも剣を振るっていたのですね。……その甲冑の傷も、流れ出た血も、その全てがあなたの戦いの証であり、痛み。……私はあなたに傷ついて欲しくないし、戦って欲しくない」

 サレナがアインに近づき、剣士の手を取ると術を唱え、彼の傷と甲冑の損傷を癒す。

 「けど、戦場に出れば剣を振るわざるを得ない状況に陥ってしまう。私があなたの幸福を願い、平穏を祈っていても戦いはあなたに忍び寄り、牙を剥く。……あなたが戦士で在り続け、剣を持つ人を名乗る限り、戦いは常にあなたの剣に呼び寄せられてしまう」

 「……」

 「アインは前に私は大樹に成ると話してくれましたよね? 今は、その言葉の意味が分かるような気がします。大樹は大地に根を張り深く結びつき、樹に寄り添う者を癒すことが出来る。私の力は戦闘の為に在るのではなく、誰かを癒す為にあるのだと思います。傷を負った者、死に瀕する者、絶望に触れた者……。
 癒しは傷を治す事だけではなく、心も癒さねばなりません。希望という陽光を指し示し、未来を育む為に大樹は太陽を目指す。けど、それでも、私はあなたを癒したい。あなたが休める場所になりたい。私は……あなたの為の大樹になりたいのです」

 アインが休める場所になりたい。彼の幸福と平穏を誰よりも願っている。だが、そんなにサレナが剣士のことを想っていても、戦いは彼に呼び寄せられるように忍び寄り、剣を振るわせる。

 「どれだけ言葉を並べても、理屈や理由を述べようとも、私の願望と渇望は一つに纏められてしまう。それは……私はアインをどうしようも無い程に愛しているのです。私はあなたと共に生き、愛し続けたい」

 例え共に歩く道が戦いの炎で焼け焦げていようと、戦いの先には戦いしかなかろうと、自分はアインと共に生き続けたい。彼が生きられ、幸福と安寧を享受できる世界を見つけたい。この想いが自分勝手な我が儘であろうと、それを貫き通し人と世界に示したい。サレナの願望はただ一つ。少女は自分が愛する剣士と生き続けたいのだ。

 「……サレナ、俺はお前に謝らなければならないことがある」

 「何でしょう?」

 「お前の気持ちを傷付けてしまったことだ。俺の不用心な言葉でサレナの心を傷付け、怒らせてしまった。すまない」

 「別に怒ってません」

 「……お前が怒っていなくても、俺の話し方に非があった。何と言えばいいのだろうか……俺は何時も言葉足らずで、配慮が無い」

 「アインが無器用なのは知ってますし、言葉が足りないのは何時ものことでしょう? その、私もあの時は少し、嫉妬してただけですから」

 「……俺は、忘れたくない。既に死した仲間と、サレンの記憶をもう失いたくはない。お前の優しさに甘え、心を見ていなかった。お前でも……嫉妬という感情を持つことを、考えていなかった」

 「私だって嫉妬することもありますよ? 怒ったりもしますし、悲しんだりもします。アインだって基本的には殺意や激情を燃やしていますが、偶に言葉の端々に哀愁が感じられます。いいですか? 生命は感情を持ち、心と意思を持っています。だから人を求め、自分に無い何かを求めるのです。色んなことを共に学びたいですね、アイン」

 「……ああ、そうだな」

 胸に燻ぶっていた不安感と焦燥感が解消されたようにアインはサレナの頭を撫でる。黒鉄の装甲に包まれた大きな手が、少女の白銀の髪を梳かし、優しく頬を撫でると剣士はニヤニヤとした笑みを浮かべるドゥルイダーへ真紅の瞳を向ける。

 「ドゥルイダー、待たせたな。もう大丈夫だ」

 「大丈夫とは?」

 「貴様が望む真の話し合いとやらをしよう。死ぬまで付き合ってやる」

 「ほぉう……いいや、まだだ」

 「何だと?」

 「少し、其処の小娘に話をさせろ。面白いな、戦う力が無いくせに、強者としての風格が滲み出ている者は初めて見る。小娘……名はサレナと云ったか? 貴様がアインが好いている女か……だが」

 「だが?」

 「少し幼いな。胸も小さければタッパも低い。アイン、貴様はこんな小さな女が好きなのか?」

 剣の柄を握り、獰猛な殺意を燃やしたアインをサレナが手で制す。

 「初めまして、私の名はサレナと申します。あなたが上級魔族ドゥルイダーですね?」

 「そうだ。魔族の英雄と称えられ、強者との殺し合いによる対話を求めし至高の戦士がこの俺だ。サレナ、貴様はアインを愛していると言ったな?」

 「はい」

 「幼い女子供が戦場に出るな馬鹿者が!! 確かに俺は戦場で相見えた敵であれば、幼き女子供でも容赦なく殺す!! だがな、愛を知らぬ凶剣に情を説き、アイン程の剣士の心を握っている貴様は生き続け、想い続ける気概を持て!! アインと俺が簡易誓約を結んでいなければ、俺は貴様を殺していた!! 小娘、貴様は己の命の価値を無下にするな!!」

 空気と鼓膜を振るわせるほどの怒声を発したドゥルイダーは苛立たし気にサレナを睨み、彼女の額に人差し指を当てた。

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み