花散らすは ④

文字数 2,613文字

 「粗茶ですが」

 「これはどうも。早速だけど本題に入らせて貰うわね。スーリア、アンタはこのままで一生ワグ・リゥスじゃ名のある術師に成れないわ。いえ、もっと酷く言えば食い物にされて終わりよ」

 茶を啜り、桜色の瞳でスーリアを見つめたアトラーシャの言葉は残酷な真実を突き付けるものだった。

 「それは、どういう意味ですか?」

 「言葉通りの意味よ。アンタが発明した魔導具の価値を理解出来る術師はこの国に居ない。全てを魔力で済ませようと考え、各々の術技や魔導具に頼り切っている術師が傷を負った者の治療に役立つ魔導具の価値が分かる筈が無いもの。いい? ワグ・リゥスにおいて価値がある魔導具ってのは、戦いの為に在るものよ」

 「……」

 「現在の人魔戦争の状況を理解出来るのなら、ワグ・リゥスに求められているものが何であるのか分かっているのなら、アタシ達魔導技師が作る魔導具は戦争の為の道具じゃなければいけない。人の命を救うなんてのは求められていないの。分かる?」

 分かっている。分かっているのだが、魔導具が持つ役割は命を奪う為だけじゃない。誰かの命を守る為、誰かの命を救うために存在する魔導具が在ってもいい筈だ。確かにスーリアが作り出してきた装置や機械は命を繋ぎ止め、存続させる為の物が多い。命を奪う魔導具を作り出すなど、彼女の意思が許す筈がないのだ。

 「アンタが落選したコンテストで最優秀賞を獲得した魔導具が何か知ってる? 砲弾にアンカー装置と起爆剤を仕込み、戦場へ射出した後に魔石回路を暴走させ、広範囲の雷撃と業火を撒き散らす殺戮兵器よ。スーリア、今は命を奪う魔導具が求められているの」

 「そんなもの……先人が残そうとした魔導具に対する侮辱です。魔導具は確かに戦争に用いられるかもしれない。けど、命を奪う為の魔導具が評価を得られるなんて間違っています。誰かを救う為、守る為に魔導具があるのでしょう? 死を撒き散らす魔導具が残すものは殺戮と怨恨だけです」

 「ええそうよ。けど、正論を吐いても無名の術師、魔導技師の言葉には誰も耳を貸さないのもまた現実。……正直言って、アタシはアンタの魔導具が一番魅力的に思えたわ。だって、スーリアの魔導具は生きているように見えたんだもの」

 スーリアがハッと息を飲み、少女の真摯な眼差しを見つめる。

 「魔導具は人の為にあるべきよ。ただ殺すだけじゃなく、人々の生活に根差すようなものを残さなければならない。エルファンだけが上手く扱えるんじゃなくて、もっと多くの人の手に渡る機会を設けなければならないの。アンタの作品……他者の魔力属性を測定し、目に見えるようにする装置には衝撃を受けたわ。アタシじゃあの機械を作り出せないし、考えたことも無かったもの」

 「しかし、結局は評価されず落選した装置です。たった一人の評価をアテにしても無意味なものです」

 「スーリア、アンタの目標は何? 自分の魔導具を評価されたいだけ? それとも魔導具が持つ使用用途を幅を広げたいの? 確かにアタシだけの評価じゃ世間は納得しないし、民の心を動かすことは出来ない。けどね、人を動かすのもまた人なの。スーリア、アンタはどうしたいの?」

 決まっている。魔導具は人の為にある道具で在るべきなのだ。その存在意義をただ戦争の為に使わせるなど認められない。

 「私は魔導具の……自分の手で作り出した可愛い我が子の価値と意味を誰かに認めて欲しいのです。命を殺める為ではなく、誰かを救って欲しい。その子達が後進の為の道標になって欲しい。そう、願っています」

 「……ええ分かったわ。スーリア、アタシの理想は魔導具が誰の手でも扱えるようにすることと、皆が同等の技術地点に立つことなの。理想を成すのは難しいけど、アタシの見定めた理想はエルファンという種を存族させることにも繋がる筈。殺す為の魔導具を作り続けた先に在る未来は、種の滅亡よ」

 「種の、滅亡」

 「歴史は繰り返し、人もまた過ちを繰り返す。ワグ・リゥスが一度ある上級魔族の手で民の暴動によって滅んだように、今度は魔導具の意味すら消失して二度目の滅びを迎えようとしている。簡単な話よね、人は何時も己の間違えさえ認めようとしないんだから。……スーリア、アタシは協力者を探してるの。術師や魔導技師の技術を秘匿せず、皆と共有して新たな道を模索出来る協力者を、探していた」

 スッと立ち上がり、スーリアに手を差し伸べた少女はその瞳に確固たる決意を宿し「だからアタシに協力しなさい」と強い口調で言った。

 「目的を達成する為には手段が必要よ。確かな手段を得るには一人の力だけでは不可能で、同時に目的を達成するのも無理難題。だから、アタシの理想を叶える為にアンタの才能と才覚を貸しなさい。その代わりに、アタシの伝手と技術を貸してあげる。これは協力という名の取引よ。アタシの手を握るか否かは、全部アンタに任せるわ」

 「……取引ですか。いいでしょう、その言葉気に入りました。私の目的を達成する為の手段を貴女が提供し、貴女の理想を叶える協力の手を私が提供する。ええ、単なる協力という甘美な言葉だけであれば、手を握る事は無かったでしょうが取引であれば話は別。アトラーシャ……桜花の魔導技師にしてワグ・リゥスの桜姫。私で良ければ手を組みましょう」

 「……ありがとう、けど少し拍子抜けね」

 「何故ですか?」

 「もっと厳しい条件を提示されると思っていたんだけど、とんとん拍子で話が進んでアタシも少し困惑しちゃうもの」

 「時は確かな機会を人に与える。この言葉をご存じであれば私にも機会が訪れたということ。その手を握るかは私ではなく貴女に出会えるか否かだったのかと」

 「そう? アタシは今の現状と環境を変えたいと思っていただけなのよね」

 「それもまた時が選んだのです。……アトラーシャ、いえ、姫様。これから何処へ向かうつもりですか?」

 「そうね……とりあえずアタシのキープハウスに向かおうかしら。荷物や書は後で取りに来ればいいし、先ずはアンタに工房を与えなきゃね」

 うんうんと一人で納得する少女を見つめ、窓の向こう側でちらつく雪を視界に収めたスーリアは鞄一つを握り締める。

 三年前の冬の出来事、これは一つのターニングポイントであった。そして今、あの時と同じように部屋へずかずかと入り込んで来たアトラーシャを見つめたスーリアはネジを締める手を止めた。
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