暴龍剣戟 ③

文字数 2,895文字

 「あれ、は?」

 「暴龍ドゥルイダーの成れの果てと言うべき存在だ。私の実験対象に選ばれたことを誇りに思って貰いたいものだな、彼には」

 「実験対象……?」

 「そうだ、貴様等人類……いや、我が同胞である魔族にも知覚出来ない変化の極地。

……命そのものが生まれ変わったのだ、ドゥルイダーは」

 両腕を広げ、巨龍を背にしたニュクスは天を仰ぐ。

 「流転……生まれ変わって死に変わり、迷いの世界を放浪する様。流転体、私が改造した人類の戦士が、異形に果てる様を何度も見て来たことがあるが上級魔族という魔族の英雄が流転に至った場合、あのような姿になるのか。あぁ、実に興味深い現象だ」

 「あなたが、彼を、同じ種族を、仲間をあの姿にしたのですか……?」

 「そうだと云えるし、違うとも言える。元々、私が奴に薬液を注入することは不可能だった。戦闘能力、精神力、基礎体力等々……ドゥルイダーは我々上級魔族の中でも戦闘に特化した存在だ。科学者である私が敵う相手ではない」

 だが、機会が訪れた。と、ニュクスは語る。背後を振り向き、巨龍へ剣を突き立てようと足掻く剣士を視界に収め、含んだような笑い声をあげる。

 「彼の剣士……名はアインだったかな? 我が主、魔将ラ・ルゥが敬愛する黒い剣士によって、絶好の機会が訪れた。奴が黒白の剣をドゥルイダーの胸に突き立て、致命傷を負わせてくれたおかげで、私は行動を起こすことが出来たのだ」

 この戦いの結末には興味無し、私は私の領域へ戻り、この世界の真実に近づくだけだ。ニュクスはそれだけ言うと、地面に溶け込み姿を消す。
 
 「待って下さい!!」

 「一つだけ言っておこう。もし貴様が聖女であった場合、魔将殿より言伝を頼まれていたからな。……

。まぁ、どうせ貴様等はドゥルイダーによって焼き尽くされるのだから、意味が無いのだろう」

 業火を纏い、翼を広げて空に飛び立った巨龍は地上で剣を構えるアインへ火炎を吐き、周囲一帯を灼熱の焔で焼き払う。

 「アイン!!」

 爆炎のような焔が戦場を覆い、熱風がサレナの白銀の髪を僅かに焦がす。遠く離れた砦に居ても、身が焼かれるような熱風を浴びたサレナは顔を覆った腕の隙間から、炭化した戦場に立つ黒鉄の剣士を見据えた。

 「……」

 考えるよりも先に身体が動いていた。

 「サレナちゃん!!」

 化外へと姿を

敵を討つべく剣を振るうアインを助ける為に、サレナは砦の門へ向かう。

 クオンの静止を促す声も、兵と戦士が己を止めようとする声も、何もかもが煩わしい。思考を置き去りにした行動は命を奪うもの。それは、戦闘に携わることの無い者でも知っている。

 走れ、とにかく今は走れ。アインの近くに、彼を助ける為に、足をもっと速く動かせ。息が切れようと、心臓が早鐘を打つように脈動しようと、止まるな。自分の命よりもアインを優先しろ、早く、早く、早く―――。

 「待つんだ、サレナ」

 不意に腕を掴まれた少女は、ハッとしたように声がした方向へ視線を向ける。

 「アクィ、ナスさん」

 「落ち着け。深呼吸をして、状況と戦況を見渡すんだ。無暗に突っ込んでしまったら死ぬだけだよ」

 「けど、けど、アインを助けないと! 私がアインを助けるんです、彼を助けなければいけないんです!」

 「君はアインの帰る場所になるんだろう? そんな君が死んでしまったらどうする」

 「……ッ!!」

 「冷静になれ。いいか? あの龍は戦場一帯を焼き尽くす火炎を吐き出した。無策で突っ込んでも、全員消し炭になるだけだ。サレナがアインを心配し、逸る気持ちも分かる。だが、助ける為には計画と手順が必要だろう? それを君は理解している筈だ」

 「……分かり、ました」

 無策で突っ込むなど死を受け入れるようなもの。アクィナスの言葉によって冷静さを取り戻したサレナは、オムニスを強く握り締める。

 己に存在する力……。破界儀を使えば、巨龍にも対抗出来るかも知れない。しかし、破界儀を使用する際に消費される魔力は、治癒の術の比では無い。

 この戦場で、危機的状況の中、もし魔力切れで倒れてしまっては元も子も無いだろう。……魔力が足りない。

 「……けど、迷っている暇は無い」

 策を立て、行動に移した時、全てが手遅れになってしまう可能性がある。

 「アクィナスさん……それでも、私はアインの為に力を振るわなければならないのです」

 ネックレスに貯蔵されている魔力量で何とかするしかない。

 「……破界儀を使います。それしか、道はありませんから」

 「破界儀だって? 君は、父上と、いや我が王と同じ力を使えるのか?」

 「一度だけ使ったことがあります。私の破界儀には敵を打ち倒す力は無く、展開した領域に生きる者を守る為の力です」

 オムニスを掲げ、魔力を杖先に集中させたサレナの黄金の瞳が輝いた瞬間、黒い巨躯が地面に鋼の音を響かせて激突した。

 「……アイン?」

 ゆっくりと立ち上がった黒鉄の巨躯、黒い騎士甲冑を纏ったアインは黒白の剣を構え直すと真紅の瞳に殺意を滾らせ、サレナとアクィナスを視界に映す。
 
 「サレナと……アクィナスか? 退け、奴は俺だけを狙っている。ここ等一帯が火の海になるぞ」

 「アイン、無事だったのですね! えっと、その甲冑は、剣はどうしたのですか?」

 「詳しい話は後だ。先ずは」

 ドゥルイダーを殺さねばならん。巨龍が吐き出した火球を、剣の刃から放った黒の斬撃で殺し、打ち消したアインは少女の前に立つ。

 「アクィナス」

 「何だ」

 「サレナを連れてこの戦場から離脱しろ」

 「君はどうするつもりだ」

 「……奴を、殺して救わねばならん。あの最高の戦士を、人外にしたままでは俺の意思と誓約が許さない」

 「……」

 「早くしろ、俺が勝つか、奴が先に死ぬか……分からないんだからな」

 だが、相打ち覚悟の戦いはしない。アインが再び剣を突き出し、龍へ突撃する前に、サレナが彼の腕を掴む。

 「どうした? サレナ」

 「……」

 「安心しろ、必ず生きて帰る。だから、お前はアクィナスとクオンと共に」

 「アイン」

 手が震える。圧倒的な存在を前に恐怖したからではない。

 「……」

 もし、このまま何の選択もせずに帰還してしまったら、一生後悔してしまう。

 己の死よりも、アインを失ってしまう方が怖かった。黒い剣士が人知れず死に、誰にも認められずにこの世から居なくなってしまうのが怖かった。だから、この手を離したくない。彼を一人にしたくない。彼が……アインが傍に居てくれるなら、それだけで強くなれるような気がした。

 「私達二人ならどんな存在が相手でも、必ず生き残れましたよね」

 「ああ」

 「……私は、アインの近くに居てはいけないのですか?」

 「……」

 「アイン、あなたが何と言おうと私は此処に残ります。あなたが居るところに、あなたが帰って来る場所があると、私が証明します。だから、一人で戦わないで下さい。私は、アインが居れば、強くなれるから」

 サレナの黄金の瞳が、剣士の瞳をジッと見つめた。
 

 
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