心と意思 ⑤

文字数 3,043文字

 「俺は強者との戦いを至上とし、殺し合いにおける戦士の真なる声こそが至高だと信じている!! サレナ、貴様は確かに強者の部類に位置する者だ。だが、その内に宿る心と意思は戦士に非ず!! 人を想う女であろうとするならば、死地に身を置く戦士を想う者であるならば、貴様は男が帰る場所を守れ!!」

 紅樺色の瞳に灼熱の憤怒を宿し、鋭い犬歯を覗かせたドゥルイダーは身に余る闘志を言葉と共に吐き出し、サレナを睨む。

 「アイン、貴様も貴様だ。真に守りたいと思うならば手で制された程度で剣を止めるな!! 俺が本気でこの小娘を殺す意思を持っていたら、貴様が剣を振るう前にサレナは死んでいた!! 貴様は」

 「ドゥルイダーさん、何故虚を吐くのですか?」

 「なに?」

 「あなたは私を殺す意思は無い筈です。上級魔族ほどの力を有しているのならば、ドゥルイダーさんが私の額に指を当てた瞬間に、タリスマンの防護機構が作動していた筈ですから」

 「……ほう」

 「それに、アインが私の制止を振り切ってまで剣を振らなかったのも、本気の殺意を感じなかったからでしょう。ドゥルイダーさん、どうして声を荒げてまで虚を吐くのですか? 教えて下さい」

 スッ―――と、ドゥルイダーの瞳から憤怒と闘志の意が消え失せ、代わりに笑みが浮かぶ。少女に対して、先程とは真逆の感情を見せた魔族は「なぁに、少し試しただけだ」と軽い調子で話した。

 「試した?」

 「ああ、そうだ。俺は戦士としか本気の殺意を交えた殺し合いはせん。俺は俺自身の誓約と意思に嘘は吐きたくないし、戦士以外との戦闘は魔将殿からの指示に従う無意味な殺戮に過ぎん。しかし、アインよ」

 「……何だ?」

 「良い娘に愛を説かれているな。今は幼き少女故に、戦場の過酷さと苛烈さの経験が少ない。だが、将来的に見ればサレナは戦士としてではなく、違う意思と使命を抱いて貴様と戦場に立つだろう。惜しいな、実に惜しい。戦士として戦場に立っていたならば、十年……いや、五年後に俺の住処へ連れ帰り、子を産んでもらったのだがな」

 「馬鹿を言うな、サレナが貴様の子など産むはずが無い。彼女の相手は彼女自身が選び、意思と想いを伝える。サレナが貴様に惚れるなど、ありえない」

 「……小娘、少しだけ同情するぞ? 想い人が究極の朴念仁だと苦労するな」

 「……彼はそういう人ですから。分からないなら、分かるまでアインの傍に居るだけです」

 サレナとドゥルイダーは互いに呆れたように笑い合い、話題の当事者であるアインは魔族へ殺意と激情を向け続ける。

 世界の制約上、人類と魔族は絶えぬ戦争に明け暮れ、戦場では何方かが死に絶えるまで殺し合いを続ける。人類領と魔族領の境界線であり、生存圏の鬩ぎ合いの場である戦線は人魔の血で穢れ、草木一本も生えない激戦区であるのだ。

 その激戦区の中にある砦で、サレナとドゥルイダーは人魔闘争世界の制約など関係無しに対話を進め、笑い合う。その光景は一般的な人魔の戦士や兵には理解が出来ず、何故殺し合わないのかと疑問に思う光景だった。

 「アイン……そういえば、イエレザと会ったそうだな。彼女は貴様に好意を抱いているぞ? 影の魔族、狂人と呼ばれていた少女が恋する乙女の顔になっていた様相は驚くべき変化だったが、イエレザと剣を交えた空間にはサレナも居たのか?」

 「居た。だが、勘違いするな。先に牙を剥いたのはイエレザの方であり、サレナは領域に引き込まれた方だ。サレナを守る為に俺は奴に剣を向け、刃を振るっただけ。貴様がどうこう言う権利は無い」

 「別に文句があるわけじゃあない。ただ、イエレザは人類領の旅行は良い出会いがあったと話していた。もしそれがアインとサレナが関係していたら、礼を言いたいと思っていた。イエレザに生きる意味を与えてくれて、力の意味と理解の必要性を学ばせてくれて、ありがとう」

 「何故礼を言う。意味が分からん」

 「人は力があろうと、その中に心と意思が乗っていなければ意味が無い。力の出処は意思と誓約であり、己を確立した時に力はようやく意味を持つ。イエレザは俺の妹……いや、従妹のような娘でな。この世に生を得た瞬間から強大な力を有していたのに、あの黒曜石のような瞳には何も映っていなかった」

 あの子は、世界を変え得る力を有しているにも関わらず、自ら狂気の淵に沈んでいた。ドゥルイダーは世界の全てを偽りに満ちた茶番劇と断じ、狂気に染まっていたイエレザの姿を思い出す。

 「人類領から帰って来たイエレザの目には、少なくない狂気が垣間見えたが、他人と話が出来る程の理性を彼女は獲得していた。以前ならば、イエレザは会合に参加していたとしても、意識と心はその場には存在していなかった。己が作り出した影の領域で笑い狂い、世界に生きる全ての存在を茶番劇を演じる人形としか捉えていなかった。だが、良い出会い……アインとサレナとの出会いによって彼女は変わった」

 アインの鮮烈な殺意と激情に心を奪われ、サレナという種族が違う少女との語らいがイエレザの意識と心を変えた。彼女は己の力を理解し、新たなる段階へ至ったのだ。影の世界に捕らわれた生命が、混濁した意思が他の存在と会話し、理解を得ることを知った。

 心が意思を形作り、意思が誓約を成す。誓約と意思が力を織り成し、力は己を生かす術を編む。力の源泉は心であり、心こそが人という生命に意思と誓約を与えるのだ。

 「人は己の心と意思に従わなければならん。誰かの言葉や意思によって剣を抜くのも、誰かの為に戦おうとも、決して己が抱いた心と意思を忘れてはならんのだ。イエレザは己の心と意思に気付くのが遅かった少女だが、彼女は誰よりも強い女になると俺は信じている。信じるに値する切っ掛けを与えてくれた貴様等には、感謝してもし切れない。
 だから俺は、アインという至高の剣士と本気の殺し合いに興じ、戦いの中に生まれる意思と言葉に触れたいと願っている」

 堂々と、迷い無く己の言葉を話したドゥルイダーは「生命は世界の制約に従う無味蒙昧な愚者であってはならん。心と意思こそが、己が未来を切り拓く」と話す。

 「……心と意思こそが人を形作る、か」

 ポツリ、とアインが呟く。

 「ドゥルイダー」

 「何だ? アイン」

 「貴様は俺を求めし戦士と呼ぶが、俺は貴様が求める程の剣士ではない」

 「何故だ? 貴様の殺意と激情、戦闘能力、どれだけ傷付いても決して足を退かない精神力は賞賛に値する強者の証だ。何故貴様はそう己を卑下する」

 「……戦いの中に迷いが含まれ、自分自身が掲げた誓いと約束を守ることさえ難しい。俺はサレナを失いたくない、俺自身が手に入れた何かを失いたくない、その為に敵を殺す事さえ厭わない。矛盾し、破綻した者を何故貴様は求める? 殺した者の思いと意思も、俺の殺意は殺し切る」

 「アインよ」

 「……」

 「貴様の心と意思はその殺意が全てを物語っている。殺した者の意思と思いを余さず記憶し、失わずに持ち続けることを貴様の意思が否定している。ならば、貴様は真に己の心が編み出す意思と誓約を見つけるべきだろう。今の貴様が求める何かを、見つけ出さねばならん」

 心と意思は過去に縛られては前に進めない。今の己を見つめ、新たな何かを見つけることで人は前に進めるとドゥルイダーは言う。

 「貴様が戦士であるのならば、戦いの中で己が今何を求めているのか見つけるだろう。アイン、俺との戦いは自分を見つめ直す試練だと思え」
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