密約

文字数 2,691文字

 仄暗い一室に二人の男女が居た。

 一人は聖王エルドゥラー、もう一人は自身をキリルと名乗る女。肘掛け椅子に腰かけ、顎に手を当てた聖王は青白い光を発する水晶を眺め、その中に浮かび上がった女性へ「暴龍が討たれた。次の計画に移る」と話す。

 「それは真実なの? エルドゥラー」

 「如何にも。我の計画に狂いは無い。否、狂いがあったとしたら、あの少女と剣士の存在だろう。彼女達が居たことで、時期を早めることが出来る。次は貴様の脅威を排除しようではないか、アニエス」

 「そう、分かったわ。次の討伐対象は上級魔族ズィルク。水晶夢の二つ名を持つ魔族が魔導国家ワグ・リゥスに進行を開始した。それは知ってるわね?」

 「ああ」

 「なら話が早い。私はワグ・リゥスの女王として奴の脅威を排除し、国民を守る義務がある。それに、私達の国で製造されている魔法薬と魔導具は人類軍の士気にも関わるものばかり。水晶の森の進行速度、魔力汚染は深刻なものよ。一刻も早くズィルクを討伐する必要があるわ」

 「あぁ分かっている。我は人類軍最高司令官にして、四英雄が一人エルドゥラー。人類領を脅かす魔族の存在は看過出来ん。だが、力ある戦士の数は限られ、そちらに送った

の部隊からの報告を聞かない以上、全滅したと判断すべきだろう」

 「戦力、いえ、人員を幾ら送ったところで無駄よ。水晶の森はズィルクの魔力によって構築された天然の要塞。探査魔導具を送っても詳細な情報を得られないし、並みの術師の魔法じゃ木々一つも燃えやしない。致命的な魔力汚染を引き起こし、確実かつ緩やかに進行する変換兵器……それが水晶の森の正体よ」

 「貴様の娘はどうした? あの小娘は秘儀に目覚めていないのか?」

 「……アトラーシャは秘儀に目覚めていないわ。けど、素質はある」

 「ならば貴様はその小娘を戦場に出せ。そして、サレナという娘に招待という体でワグ・リゥスに導くがいい。後はその娘がズィルクを討つだろう」

 「サレナ? その娘は何者?」

 「我と同じ破界儀を宿す者。エリンと同じような存在だと言えば貴様も理解出来る筈だ」

 「勇者と同じ? 次代の勇者が誕生した……筈が無いわね。既に神剣が失われて久しいもの。……エリンの失踪と神剣の喪失を何時までも隠し通せないわ。エルドゥラー、エリンはもう」

 「奴が居ないのならば我が代わりを熟すまで。我がエリンの代わりに戦い続け、人類軍を統率している限りこの偽りは真実である。アニエス、貴様は計画の為に古代魔導炉を動かし続けろ」

 「……貴男、最初の頃から随分と変わったわね」

 「無慙無愧と罵られようと、暴王と畏れられようと、我は一向に構わん。ただ進むのみ。我は既に誓ったのだ、この身が果てるまで恥知らずで生きるとな」

 「……それは、贖罪の為? それとも、エリンの幻影を追い求めているから?」

 「これ以上語る事は無い。通信を切る」

 「ちょっと待ちなさいよエルドゥ」

 長距離通信用魔導具の魔導回路を閉じ、魔力を断ったエルドゥラーはキリルへ視線を向ける。

 「我に用があるのだろう? 話せ、キリル」

 「なに、商売の話ですよ。私は貴男に情報を流す。貴男は私に対価を支払ってくれるだけでいい」

 「貴様の持っている情報は何だ」

 「魔将の動向と各上級魔族の状況」

 「求める対価は」

 「ウィシャーリエ王女の自由と行動制限の緩和を」

 「随分と安い物だな

。よかろう、貴様の要求を呑もう。情報を寄越すがいい」

 では、此方をご覧ください。キリルが大陸全土が描かれた地図を懐から取り出し、曲がりくねった線を引く。

 「世界の制約により、人類は先の戦争で勝利を収めた故に現在は敗北者側に立っている。それはお分かりですね?」

 「ああ」

 「過去九百年の歴史を鑑みた場合、魔族側は常に各戦線を有利な方向に運んでいる。南方戦線ではラングィーザの人魔混合軍が猛威を振るい、北方戦線ではイエレザとゼファーの混沌軍隊が人類軍を蹂躙しています。そして、主戦場である中央戦線は現在二体の上級魔族が戦線を押し上げています。結果的に言えば、今回の人魔闘争は人類の敗北に終わるでしょう。そう、



 「だろうな」

 「だが、貴男が求める結果は制約に罅を入れること。その為に、計画を実行に移す機会を窺い続けている。聖王よ、

の所在地は掴めましたか?」

 「まだだ、まだ人類の総数が減り切っていない。討つべき神が姿を現すのは、まだ時間が掛かる。故に、戦線を後退させつつ人類の数を減らし、同時に上級魔族の数を減らす必要がある。無駄な命を散らし、力ある者だけが……意思と誓約をその身に抱いた者だけを残す必要がある。殺さねばならないのだ、人も、魔族も、全てを燃やし尽くさねば神は姿を現さぬ」

 「……現在、イエレザとゼファーは敵対する人類軍を影の世界の一部として同化し、ニュクスは疫病と異形を以て戦線に屍の山を築いています。リヴィンの動向は常に秘匿されていますが、私には無意味。彼女はエルクゥスと密約を結び、双方の利益の下行動しているようです。ラングィーザは戦争に参加するのは不服なようで、話し合いの余地があるのは彼くらいのものでしょう。ズィルクの行動は恐らく彼自身の計画を実行に移す気なのでしょう」

 「上級魔族の行動はそれくらいか。ならば、魔将はどうだ?」

 「かの三人の魔将は己が領域に籠り、一人の少女……サレナの様子を探っているようです。あとは、アインの動向も」

 「……サレナはアインが守るだろう。何故魔将があの二人の動きを探っている」

 「聖女。この言葉を聞いた事がありますか?」

 「ああ」

 「サレナは聖女の端末、触覚の可能性があります。それ故にアインという剣士の覚醒を待っているようです」

 「覚醒だと?」

 「はい。ここ等の情報はもう少し時間が欲しいところですが、彼の剣士は鍵であり、サレナは聖女の為の門と通路。経緯と経過を観察する時間が欲しいですね」

 「なら調べるがいい。だが、時間は無いぞ?」

 「了解しました」

 椅子から立ち上がり、部屋から去ったエルドゥラーを見送ったキリルは顎に手を当て情報を整理する。

 端末、触覚、聖女、アイン……。いずれも千年前の出来事からくる単語であると予想できるが、詳しい情報が足りない。何故魔将はアインとサレナに執着し、エルドゥラー同様に神を憎む? 何故神と呼ばれる存在を討とうとする? 

 「……深追いは出来ませんね。だが、あの子の為に動く必要があるのは確かなようだ」

 そう言ったキリルは、影の中に身を落とし姿を消した。
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