影と灰燼 ②

文字数 2,180文字

 「……貴様、何者だ」

 「私の名はバトラー。イエレザの執事とでも思って下さいミスティル殿」

 「下がれ、執事などに用は無い。私はイエレザと」

 「あぁ君は少し頭を冷やした方がいい。ラングィーザ殿が執政官である貴女を通信用魔導具の前に出し、交渉を進めようとしたのにはワケが在る筈だ。ミスティル殿、これは意地やプライド、面目の問題などでは無い。言葉に気をつけ給え、人類よ」

 眼鏡を上げ、冷笑を浮かべる魔導人形……バトラーは沈黙するミスティルを曇った魔導具越しに見つめ、何処からか取り出した椅子に腰かける。

 「感情を排し、ただ利益と損益を秤に乗せ、追及する。それが交渉なのだミスティル殿。君の主、ラングィーザが置かれている状況と、彼の上級魔族が治める土地を脅かす流転体……いや、失敗作の群れを排除出来ない故に、こうして言葉を交わしている。
 ミスティル殿、話をしよう。イエレザ殿が出した条件を飲むか、譲歩できる地点を探るか……。執政官の地位に就く君は何を差し出し、何を得ようとするのかを」

 「……ふざけた事を言うなよ執事。イエレザが示した条件は一種の侵略行為であり、我等の領土を手中に置くモノだ。我々の領土が堕ち、食糧難に困るのは貴様等の方だぞ?」

 「如何にも。我々の食料事情……否、魔軍全体の兵糧はラングィーザが握っていると云っても差し支えないだろう。だが、それは肥沃な土地と人魔が入り乱れた労働力あってこそ。
 だが、考えてみるがいいミスティル殿。別に我々が手を貸さずとも、君達が死滅した後で流転体を制圧し、魔軍の軍資金の一部を他の領地で貧困に喘ぐ農夫へ当て、労働力を集めればいいと。そうだな……端的に言えば、君達が生きようが死のうが、関係ないのだよ、我々は」

 魔導具の向こう側からテーブルを叩く音が木霊し、激昂したミスティルの声が響く。その様相を眺め、ほくそ笑んだバトラーは感情の一片も感じられない瞳を醜く歪め。

 「半自動工場の稼働は上々だ。アレは模倣品だがよく出来ている。ラングィーザの執政官よ、執行者は君が送り込んできた手駒の一人だろう? 私自身、彼の執行者が下した執行儀礼と判決に異を唱えるつもりはない。
 だが、考えてみて欲しい……先に手を出し、我々の判断に異を唱えてきたのは君達だ。救援要請を送る為の止むを得ない手段だとしても、やり過ぎだ」

 「執事がぬけぬけと……! あの工場は元来ニュクスからエルストレスへ貸与された物! それをイエレザが奪って」

 「間違っているぞ執政官。工場と町、強いては其処で暮らす者達はイエレザ殿が町長と正式な契約を交わし、その対価として受け取ったモノ。そもそもの論点から間違っているのだよ君達は」

 狡猾にして冷酷。冷徹なる魔導人形はイエレザを一瞥し、少女の介入を阻止すると声を荒げて吼える姿無き女を煽る。

 「ミスティル、君はイエレザ殿に対し我等の領地をどうしたいと尋ねたな。いいだろう、その論理的思考が欠如した頭によく言い聞かせてやろう。
 一つ、我々が派兵する強者の邪魔立てはするな。二つ、必要時には指揮権をイエレザ殿に譲渡しろ。三つ、事が終わったら食料の分配先はイエレザ領を優先する。簡単だろう? この条件を提示され、イエレザ殿が君達に何か害を成すと思うか?」

 「それは軍事的、政治的な意味合いを孕む条件に過ぎん! もしその条件を飲んだ場合、今後の事を構えれば」

 「今後? 今まさに危機に直面しているラングィーザ領が今後を憂うのか? とんだお笑い種だ。本当に……明日があると思っているのか? 
 それならばミスティルよ、君は執政官の椅子から降りた方がいい。危機に対処出来るワケでもなく、そうやって喚き散らすのなら君は執政そのものに向いていない」

 「ッツ!!」

 「……下がれ、ミスティル」

 「ですが、ラングィーザ様!!」

 「下がれと言っている」

 底冷えするような声が魔導具から発せられ「謝罪するバトラー。我が執政官は少々疲れているのだ。無礼をを赦してくれ」とラングィーザの声が響いた。

 「此方こそ貴公の執政官殿を貶す発言をした。謝罪しよう」

 「……バトラーよ、貴様は我が領地の状況をどう判断する」

 「イエレザ殿が示した条件を飲んでくれさえすれば、被害は最小限に抑えられよう。だが、もし一部分でも是正しようとするなら」

 「皆迄言わずとも我も理解している。……イエレザよ」

 「何でしょうラングィーザ様」

 「条件を全面的に飲む。これがラングィーザの意思であり、我が貴様と結ぶ契約。それで構わんな?」

 「……えぇ、出来るだけ急ぎましょう。戦場指揮は先に向かったザインへ譲渡して下さい。彼の秘儀は必ずや貴男のお役に立つはずです」

 「感謝するイエレザ。では、領地にて待つ」

 プツリ―――と魔導具の魔力が落ち、疲労混じりの溜息を吐き出したイエレザは椅子の背もたれに身体を預け、頬に手を添える。

 「バトラー」

 「何でしょう」

 「貴方が私に力を貸すなんて思いもしなかったわ」

 「アイン殿が信を寄せ、貴女自身も破界儀を宿す御方。私が助力しないワケにはいきません。では、私もこれで失礼します」

 「……アインの為? それとも私の為? どっち?」

 「アイン殿の為に他なりません。過去も、現在も、これからも」

 そう言った魔導人形は少女へ頭を下げ、部屋を出るのだった
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