応えよう ③

文字数 2,307文字

 「姉上、思い悩むのも結構ですが肩を貸して貰えませんかね? 私も戦わねばならないのでね」

 「……私達が参戦しては王の邪魔になるだけだ」

 ジッと……跪いたまま一歩たりとも動こうとしないメイ一号に溜息を吐いたバトラーは残った足で器用に立ち上がり、所々穴が空いた執事服の裏から繰り糸を手繰る為の指輪を取り出し、破損した指輪と交換する。

 「別に私はあの御方の邪魔をしようとしているワケではありません。手を貸した方が効率的だと判断したまで。失礼ですがただ黙って指示を待つだけなら退いていただけませんか? 邪魔です」

 蒼の騎士が突き出した氷の剣がアインの胸を貫こうとした瞬間、バトラーが繰った糸が凶刃を寸でのところで止める。

 「アイン殿、その流転体はニュクスが創り出した存在とまた違う生命体。蟲を殺すだけでは死にません」

 黒白の刃が氷の剣を砕き殺し、オウルを握るアインが奥歯を噛み締めながら身体を捻り、地面に亀裂を走らせる程強く踏み込むと力の限り騎士の横っ腹へオウルを叩き込む。

 空気が震え、轟音が鳴り響く。何度吹き飛ばそうと、急所へ刃を突き立て紅蓮の炎を流し込もうとも、身体中の関節から歪な音を発しながら立ち上がる蒼の騎士は、死という絶対不変の概念を無視したかのように魔力を編み、術を放つ。

 「アイン殿、奴を……神が創り出した命を断ずる事が出来るのは貴男だけなのです。その為に……貴男の手に黒の剣が渡り、変化し、新たな刃を形成させるに至った。焼き尽くし、斬り殺し、その存在の一片を残り余さず斬るのです。
 魔族の小娘が発動した秘儀の時間は長くない。その間に殺せねば……我等もまた凍り付き、あの小娘も死ぬでしょう」

 魔族の小娘……その言葉を聞いたメイ一号の肩が震え、死という受け入れがたい現実に指先が震える。

 目の前では剣士と騎士の死闘が繰り広げられ、氷と炎が互いを喰らい合う地獄の様相を醸し出していた。

 王の戦いに身を投じ、蒼の騎士の刃を受け止めることは可能。王の刃が届く時間を稼ぎ、絶対的な死を……勝利の決め手は王の手の中に在る。

 だが、己は本当に王の戦いに割って入ってもいいのだろうか? 彼の王の力が己に振り翳される可能性も無きにしも非ず。しかし、此処で動かねば、彼の王の剣でしか騎士を殺すことが出来ぬならば、友が……イーストリアが死ぬ。

 ふと気が付いた瞬間に、メイ一号の足は地面を蹴って駆け出し己が手に握られていたハルバードを騎士へ振り下ろしていた。氷の刃と黒鉄の刃が火花を散らし、薄氷を割るような音と共に氷片が空に舞った。

 「―――せない」

 漏れ出た言葉に意思が宿り、人工脳が生み出す思考に色が塗られ。

 「殺させない!! 私の友を……イーストリアが死ぬことだけは許せない!! 誰が許すのではない!! 私自身が許せないんだ!!」

 彼女が……イーストリアが内なる意思と誓約を以て秘儀を成したのなら、己はその心に応えよう。少女が安心して塔と云う鳥籠から飛び立ち、己が道を歩む覚悟を抱いたのなら、その想いに応えよう。

 アインの命令を待たずして、友の為に武器を振るったメイ一号は卓越した技巧を以てハルバードを振るい、糸で縛られた蒼の騎士へ連撃を叩き込む。

 「アイン様!!」

 「……」

 「御許し下さい……!! 私が貴男様の為でなく、友の為に得物を振るうことを御許し下さい!! 私は!!」

 「それでいい」

 「……」

 「それでいいんだメイ一号。俺の為ではなく、自分の為に武器を振るえ。その身が魔導人形であろうと、貴様の……お前の胸に宿った心に従え。だから」

 お前とバトラー、イーストリアは死なせない。アインの殺意と激情、心と意思に応えるかのようにオウルが紅蓮の炎を纏い、甲冑の装甲から噴出していた黒紅の炎と混ざり合う。

 「エルストレス、貴様の意思と心など知ったことではない。虚栄心に満ち、肥大した欲望に圧し潰され、力と引き換えに全てを失った貴様は俺が斬る。何も残さず、貴様など存在しなかった者とする。だが……覚えていよう。俺だけは……死ぬまで覚えていよう。それが殺す者の責務だ」

 飢えて、渇いて、絶望して……其処で倒れてしまう者が人で在るのならば、エルストレスという魔族はその尤もたる例だろう。

 故に、アインは彼が害を成し、憎まれ、世界中の誰もが忘れてしまっても命を奪う己だけが覚えていると宣言する。それが義務であり、責務であると云うように。

 「消え去れ……その存在ごと、この世界から抹消されろ!! 貴様の存在はこの世界から容認されていない!! 俺だけが……貴様を殺してやる!!」

 バトラーの糸が騎士を縛り、それでも抵抗せんとする剣戟をメイ一号が迎撃し、決定的な隙を見抜いたアインの剣が騎士の胸を貫き両断すると、爆炎を迸らせて滅却し。

 「これで、今度こそ終わりだ……エルストレス」

 塵屑となった蒼の騎士へ背を向ける。

 「……我が王よ」

 「俺はアインだ」

 「……アイン様」

 「アインと呼べ。様付けなど不要だ」
 
 「アインさ……アイン。貴男様は本当に、王ではないのですか?」

 「何度も言っているだろう? 俺は千年前の王でもなければ、この世界に生きるアインという命。それに、貴様も既にメイ一号という個の筈だ」

 「私が……個であると?」

 「そうだ。メイ一号……いや、メイ。過去を抱き締め、縋っていようともそれは貴様の自由だ。しかし、今の貴様にはイーストリアと云う友が居る。十分だろう? 個の証明など」

 「……あぁ、そうですね」

 白雪が舞い散る青空を見上げたメイ一号……否、メイはアインの真紅の瞳を見つめ、柔らかい微笑みを浮かべるのだった。
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み