冥府魔道 ①

文字数 2,939文字

 英雄は初めから剣を抱いて産まれるのか、使命を理解した上で剣を取るのか。そんなものは本人でも知り得ぬ人々の願望の堂々巡りだろう。

 英雄とは何か。それは誰かの為、何かの為に戦う者であり、戦いを望む者では無い。其処に戦う理由が存在するから剣を取り、誰かの為に剣を抱いて産まれるのだ。他人にとっては理解し難い理由であっても、本人取っては命に代えてでも叶えたい祈り。自分すら守れない誰かを守るために、剣を取って勝利を願う者。

 他者に臨まれて戦いに臨む者は英雄と成り得ない。自分から好き好んで戦乱の世を謳歌する者も英雄には成り得ない。英雄とは、自らの意思と誓いを胸に剣を取り、何かの為に命を燃やす者だけが英雄と成り得るのだ。人は、特別な力を持たずとも自己を認識し、譲れない思いを果たそうと覚悟を決めた瞬間より、誰であろうと英雄になれるのだ。





 アインの隣に座るラグリゥスは軍事会合に集まった将校を見渡し、誰がどういう人物であるか瞬時に悟る。丸々と肥えた将校から顔に消せない傷を持つ将校まで、実に多種多様な者が円卓に座し、各々が胸に野心と野望を抱いている様子が手に取るように分かる。

 会合はアインとラグリゥスを無視し続けるような形で進んだ。奴隷部隊が挙げた戦果と武功には一切触れられず、格将校が我先にと自らの手柄を報告する茶番染みた報告会。欲望の坩堝に落とされたかのような錯覚を覚えたラグリゥスは、腹の中で煮え滾る憤怒と殺意を懸命に堪え、醜い会合を眺めていた。
 
 一年間落とせなかった要塞を陥落させたのは奴隷部隊だ。愚鈍な将は無意味に兵の命を浪費した挙句、見捨てるような形で帝都へ逃げ帰ったではないか。撤退戦の殿を務め、そのまま敵を殲滅したのは奴隷部隊の隊長アインの筈だ。他にも報告されるべき戦果と武功は山ほどある筈なのに、何故一切触れられない。ラグリゥスは部隊の戦奴を思い、奥歯を噛み締める。

 何故こうも卑下されねばならない。何故部隊員の犠牲の上で掴み取った勝利が不当に処されている。何故……戦奴や奴隷という立場なだけで差別されねばならない。憤怒と憎悪により握り締めた拳が震え、一瞬視界が真っ赤に染まる。自分が耐え難く憤慨している事実に気付き、醜い欲望を晒す将校達を睨みつけた。

 「……茶番だな」

 一言、アインがそう呟く。

 「茶番染みた意味の無い会合だ。醜い豚以下の肉塊が欲望を曝け出す様は見てられん。第一、俺には貴様等の話す言葉が一切理解出来ぬ故、何を言っているのかも分からぬが見ていて不愉快だ。単刀直入に言えぬのか? 間抜けが」

 将校の視線が一斉にアインとラグリゥスに集まり、皆一様に顔を真っ赤に染めていた。一般兵や意志薄弱な者ならば、この瞬間に言を改め謝罪の意を示すだろうがアインは違う。苛立たし気に鈍器のような大剣を抜き、円卓の一部を叩き割ると真紅の瞳を鈍色に輝かせる。

 「俺の行動は会合において礼儀を欠くものだろう。だが、貴様等は誰一人として動かない。貴様等の吊っている剣は飾りか? 王を前にして俺が殺意を以て行動したら一瞬で愚鈍な王は死ぬだろう。……貴様等は軍人でも家畜でもない、ただの肉塊以下の塵屑だ」

 「き、貴様、我々を、戦奴のくせに、奴隷の分際で!!」

 「なら剣を抜け、俺を殺してみろ、出来ぬなら黙れ。俺の隣に副官のラグリゥスが居る事に感謝しろ。コイツが居なければ貴様等全員血の海だ。……ラグリゥス、後は頼む」

 剣を背負い直し、興味を失った風で腕を組んだアインに礼をしたラグリゥスは事前に準備していた書類の束を懐から取り出し、読み上げる。

 「我々奴隷部隊が陥落させた砦と要塞の数は三か月間で十を容易に超えています。殲滅した敵軍の数は我々の部隊の書記官が全て記録しており、半年間で八千人。アイン殿のお力があっての戦果でありますが、以前我々を率いていた将校殿を遥かに凌駕する戦果だとご報告します」

 書類を捲り、汚れて読めなくなってしまった部分は脳内で補完する。軍事会合に参加出来るという機会はそうそう滅多に無い。故に、ラグリゥスの言葉には徐々に熱が帯び始める。

 「我々は奴隷部隊と称されているせいか、満足な補給も優秀な装備も無い状態です。各隊員が戦場の屍より装備を剥ぎ、加工し、整備している現状は皆様も御存じでしょう。食料は敵拠点の殲滅が終わり次第補給しており、我々は休む暇なく戦い続けている。其処で副官である私、ラグリゥスから王へ陳情と提案があります」

 書類など必要無いことに気付く。此処は戦場であると認識する。言葉は剣であり、感情と情報分析は盾だ。ならば、相手が剣を抜くよりも先に喉元へ剣先を突き付けるのみ。

 「我々奴隷部隊は二年間攻略不可能と言われていた魔導の塔を攻め落としましょう。魔導の塔攻略が成功したあかつきには、我々はアイン殿を長とした黒鉄の刃を名乗らせて貰い、彼に王の娘である

様をご受け賜わりたいかと申し上げます」

 将達がどよめき、騒めき出す。奴隷部隊と蔑んでいた者が放った言葉は、不可能を可能にするという絵空事であり、更に言うと戦奴如きが王の娘を受け賜わりたいと話した為だ。

 有り得ない、不可能だ、身の程を知れ、奴隷部隊に何が出来ると皆口々に捲し立てるが、ラグリゥスの()は止まらない。不可能を可能としてきた剣士が居るから彼は己の(言葉)を振るう。

 「帝国の王よ、我が祖国を攻め滅ぼした怨敵よ。貴方が我々の提案と陳情を受け入れるなら今や帝国最強と名高い奴隷部隊は忠誠を誓わずとも、剣と力を戦場にて示そう。我々が正式な装備を手にし、潤沢な補給を受けられるならば魔導の塔のみならず、敗北濃厚な戦線を勝利へと導こう。答えは二択、はいかいいえ。それだけだ」

 突き付けられた言葉の剣先が王の喉元に迫り、窪んだ瞳を不可視の刃で照らす。

 資源と領土を求め、絶えない欲望の炎に焼き焦げた帝国は必要以上に広げた戦線の維持に難儀している。ある戦線では反抗勢力のゲリラ活動によって兵は心的外傷を負い、戦闘の続行は不可能であるという密告が王の耳に入り、将校や書面上の情報と外実は乖離している。またある戦場では壊滅状態の部隊が各個撃破され、撤退を余儀なくされている。

 王は将校の言葉と報告を信じられなくなっていた。歪んだ欲望と燃え盛る猜疑の中で生き続ける王は、戦争を始めた理由さえ疑っていた。世界を統一し、一つの国家として平和と安寧を敷こうとする夢をも己自身で穢し尽くしていた。

 嘘と偽証の中、信じられる報告は一つだけ。それは奴隷部隊が挙げる戦果と武功のみ。嘘偽りの無い報告は確かな現実と事実だけが記載されており、密偵を用いた内偵調査でも埃一つ見つからない。アインとラグリゥスの言葉には真実だけが存在していたのだ。

 「……装備と補給さえあれば魔導の塔を攻略できる。そう申しておるのか?」

 「はい」

 「ならば攻略して見せよ、忌まわしき魔導要塞を陥落させ帝国の威光を示せ。さすれば我が娘を黒い剣士へ与え、貴様等の陳情を受け入れよう」

 「ご理解頂き感謝します、帝国の王よ」

 



 魔導要塞攻略戦……それは一人の魔なる英雄が誕生した戦い。アインという戦奴の剣士が歴史の表舞台に登場した戦いであった。
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