真偽を問わず ③
文字数 2,487文字
「テメエの……女とガキの名前を、言えだぁ?」
「そうだ。貴様が過去、気まぐれで殺し、凌辱した者の名を言え。私の妻子に詫び、懺悔しろ。出来なければ」
断罪剣が色濃い雫を垂れ流し、硝子と鎖がぶつかり合う奇妙な音を奏でながら鈍色の拷問器具を吐き出すと、断罪者はその中から自動杭打ち機を手に取りズローの胴体へ向け。
「生きながら死ぬ苦しみを与え続けるだけ。無様だなズロー……与えられた力に振り回され、格下と見ていた我にいたぶられる等、貴様のプライドが許さんだろうに」
魔石の暴走爆発と同威力の杭を何本もズローへ撃ち込み、心臓を射抜いた。
「痛いか? 苦しいか? もう止めて欲しいか? 駄目だ、貴様の成した悪、絶望がこの程度で終わる筈がなかろう。死に体と成ろうが、我の秘儀が展開されている間、貴様は生き続ける。致命傷を受けようが、死に瀕する程の傷を受けようが、貴様は死なん。変化を求め、不変を放棄さえすれば楽に罪を裁いてやろう。……いいや、無理か。貴様が変わる等在り得ない」
淡々と杭を打ち込み、次々と拷問道具を変えてはズローの肉体を刻み、射抜き、圧し折った断罪者の表情に変化は見られない。彼の瞳に燃え盛る憎悪と憤怒の念は未だ燃え尽きておらず、尚も変わろうとしないズローを塵芥のように見るばかり。
「……あぁ、一つ言いてぇ事があったんだ。聞いてくれるか? 断罪者」
「……」
「お前の女は良い女だったなぁ……泣き叫ぶガキに覆いかぶさって、俺の剣で串刺しにされてもガキを守ろうとしていたんだぜ? ガキもガキだ、母親が目の前で殺されて死体になってよ、それでもママぁ、ママぁって泣き付いて……傑作だったぜ!!堪らなかった!! 無抵抗な女をいたぶって、無力なガキを弄びながら殺した感覚は最高だ!! 断罪者ぁ……お前はその時何処に居た? 何をやっていた? 何時も通り罪人を裁いていた間に妻子を殺された男は哀れだよなぁあ!!」
「塵屑が」
暗い瞳に濁った炎が揺らめき、拷問の手を加速させる断罪者を嘲笑ったズローは血に塗れながら言を吐く。
「俺は後悔なんざしねえ!! 懺悔も、贖罪も、贖いも無価値なんだよ!! 逆に感謝したい位だぜ断罪者!! 俺の欲望を満たす為に殺されてくれたお前の妻子に俺ぁ感謝したい!! 殺される為に産まれてありがとうってな!!」
頂点にまで達した怒りは更なる血を渇望し、泥濘の底に溜まった憎悪は罪人へ苦痛を与えようと暴力の嵐を呼び起こす。己の魔力を濁流の如く放出し、ズローの肉体を肉片へと変えた断罪者は一歩、また一歩と彼に近づき、断罪剣を振り上げる。
「もういい、貴様はただの塵滓だ。罪人であろうと、人であろうと、貴様だけは赦さない。死ね、死んで我が妻と子に頭を垂れろ」
「……嫌だね、俺は間違っちゃいない。間違っているのは……俺を不快にする命を産み落とす世界の方だろう? なぁ……断罪者」
「黙れ、屑」
断罪剣を解除し、天秤剣へ変えてしまえば断罪剣が与えた傷、地形の変化、現象は無かったことにされてしまう。故に、罪の裁きを与えるチャンスは一度……ズローが断罪者の秘儀と剣の弱点に気が付かない内に勝負を決める。
「罪の裁きを受けよ、ズロー」
秘儀の切り替えを行おうとした刹那、異様な気配を感じ取った断罪者は背後を振り向き、一人の男……否、人に限りなく近い魔導人形を視界に映す。
「……貴様、何者だ?」
「ズロー、何故此処で油を売っている。私が貴様に与えた力はその程度のものでは無い筈だ。遊んでくれるなよ」
「遅いじゃないか旦那ぁ……。待ってたんだぜ?」
男からは脅威を感じない。だが、断罪者の背を這う悪寒めいた直感はすぐさま魔導人形を排除し、叩き斬れと叫ぶ。
「半ば踏み出した者か否か。それを判断するには己が意思と誓約に依るものだろう。断罪者と呼ばれる復讐に囚われし人類よ、どうだ? 私の作品の完成度は」
「……貴様、まさか」
魔族……!! 断罪者がそう叫ぶ直前、彼の身体が男の魔導具によって弾き飛ばされ、壁に激突する。くらりと視界が揺らぎ、意識が飛びかけた彼は断罪剣を握り直すと秘儀の出力を維持したまま、奥歯を噛み締め立ち上がる。
「人類領で活動するには遺骸を纏う方法が最も効率がいい。私にはイエレザのような力は無く、影に潜り込む力も無し。貴様の足元に潜む失敗作が持つ特異な能力も無い。故に、人類領の遺物である私は貴様等人類の遺骸を再利用し、魔導人形という殻に籠るしかないのだ。まぁ、力は半分以下に抑えられてしまうがな」
「……問おう魔族。奴の剣は貴様が造ったものか?」
「如何にも。アレは中々に不自由な剣でな、持ち主を選ぶ剣というのは実に面倒なものだ。いや、選ぶとは語弊があるか……あの剣は名も無き骨肉の刃にして、命の血肉と意思を貪る剣。私がズローヘ与えた剣とは、そういうものだ」
「……」
腰のポーチから魔力回復薬を取り出し、一思いに飲み下す。
敵を見誤るな。己は戦士ではない。魔族と戦う責務を背負う必要は無い。ズローを断罪し、裁く為にこの身が在る。
「……ほう」
「アンタが来てくれたんだ。時間通りとは言わんが例の計画を実行に移すんだろう? これだけ耐えたんだ……あの忌々しい断罪者を殺しても構わねぇよなあ!?」
「……殺すなよズロー」
「ソイツぁ無理な相談だ!!」
異形の剣が突如として膨大な魔力を放出し、断罪剣が呼び起こす刃の豪雨を粉砕する。
森での戦闘と今の戦闘に些細な違和感を覚えていた。何故あれだけ自由自在に剣を操っていた筈なのに、路地裏での戦闘では大きく動かなかったのか、分からずにいた。
「……」
もしズローが手加減し、苦戦を演じて男を待っていたのなら。
「……」
もしこの戦い自体が単なる時間稼ぎでしかなく、真の目的が他にあったとしたならば。
計画を止める責は我に在り。断罪剣を構え、砕け散る刃を再形成した断罪者は赫々とした意思を燃やし。
「来いよ断罪者!! 貴様の命、意思、血肉……全て喰らい尽くして殺してやる!!」
男とズローへ斬り掛かった。
「そうだ。貴様が過去、気まぐれで殺し、凌辱した者の名を言え。私の妻子に詫び、懺悔しろ。出来なければ」
断罪剣が色濃い雫を垂れ流し、硝子と鎖がぶつかり合う奇妙な音を奏でながら鈍色の拷問器具を吐き出すと、断罪者はその中から自動杭打ち機を手に取りズローの胴体へ向け。
「生きながら死ぬ苦しみを与え続けるだけ。無様だなズロー……与えられた力に振り回され、格下と見ていた我にいたぶられる等、貴様のプライドが許さんだろうに」
魔石の暴走爆発と同威力の杭を何本もズローへ撃ち込み、心臓を射抜いた。
「痛いか? 苦しいか? もう止めて欲しいか? 駄目だ、貴様の成した悪、絶望がこの程度で終わる筈がなかろう。死に体と成ろうが、我の秘儀が展開されている間、貴様は生き続ける。致命傷を受けようが、死に瀕する程の傷を受けようが、貴様は死なん。変化を求め、不変を放棄さえすれば楽に罪を裁いてやろう。……いいや、無理か。貴様が変わる等在り得ない」
淡々と杭を打ち込み、次々と拷問道具を変えてはズローの肉体を刻み、射抜き、圧し折った断罪者の表情に変化は見られない。彼の瞳に燃え盛る憎悪と憤怒の念は未だ燃え尽きておらず、尚も変わろうとしないズローを塵芥のように見るばかり。
「……あぁ、一つ言いてぇ事があったんだ。聞いてくれるか? 断罪者」
「……」
「お前の女は良い女だったなぁ……泣き叫ぶガキに覆いかぶさって、俺の剣で串刺しにされてもガキを守ろうとしていたんだぜ? ガキもガキだ、母親が目の前で殺されて死体になってよ、それでもママぁ、ママぁって泣き付いて……傑作だったぜ!!堪らなかった!! 無抵抗な女をいたぶって、無力なガキを弄びながら殺した感覚は最高だ!! 断罪者ぁ……お前はその時何処に居た? 何をやっていた? 何時も通り罪人を裁いていた間に妻子を殺された男は哀れだよなぁあ!!」
「塵屑が」
暗い瞳に濁った炎が揺らめき、拷問の手を加速させる断罪者を嘲笑ったズローは血に塗れながら言を吐く。
「俺は後悔なんざしねえ!! 懺悔も、贖罪も、贖いも無価値なんだよ!! 逆に感謝したい位だぜ断罪者!! 俺の欲望を満たす為に殺されてくれたお前の妻子に俺ぁ感謝したい!! 殺される為に産まれてありがとうってな!!」
頂点にまで達した怒りは更なる血を渇望し、泥濘の底に溜まった憎悪は罪人へ苦痛を与えようと暴力の嵐を呼び起こす。己の魔力を濁流の如く放出し、ズローの肉体を肉片へと変えた断罪者は一歩、また一歩と彼に近づき、断罪剣を振り上げる。
「もういい、貴様はただの塵滓だ。罪人であろうと、人であろうと、貴様だけは赦さない。死ね、死んで我が妻と子に頭を垂れろ」
「……嫌だね、俺は間違っちゃいない。間違っているのは……俺を不快にする命を産み落とす世界の方だろう? なぁ……断罪者」
「黙れ、屑」
断罪剣を解除し、天秤剣へ変えてしまえば断罪剣が与えた傷、地形の変化、現象は無かったことにされてしまう。故に、罪の裁きを与えるチャンスは一度……ズローが断罪者の秘儀と剣の弱点に気が付かない内に勝負を決める。
「罪の裁きを受けよ、ズロー」
秘儀の切り替えを行おうとした刹那、異様な気配を感じ取った断罪者は背後を振り向き、一人の男……否、人に限りなく近い魔導人形を視界に映す。
「……貴様、何者だ?」
「ズロー、何故此処で油を売っている。私が貴様に与えた力はその程度のものでは無い筈だ。遊んでくれるなよ」
「遅いじゃないか旦那ぁ……。待ってたんだぜ?」
男からは脅威を感じない。だが、断罪者の背を這う悪寒めいた直感はすぐさま魔導人形を排除し、叩き斬れと叫ぶ。
「半ば踏み出した者か否か。それを判断するには己が意思と誓約に依るものだろう。断罪者と呼ばれる復讐に囚われし人類よ、どうだ? 私の作品の完成度は」
「……貴様、まさか」
魔族……!! 断罪者がそう叫ぶ直前、彼の身体が男の魔導具によって弾き飛ばされ、壁に激突する。くらりと視界が揺らぎ、意識が飛びかけた彼は断罪剣を握り直すと秘儀の出力を維持したまま、奥歯を噛み締め立ち上がる。
「人類領で活動するには遺骸を纏う方法が最も効率がいい。私にはイエレザのような力は無く、影に潜り込む力も無し。貴様の足元に潜む失敗作が持つ特異な能力も無い。故に、人類領の遺物である私は貴様等人類の遺骸を再利用し、魔導人形という殻に籠るしかないのだ。まぁ、力は半分以下に抑えられてしまうがな」
「……問おう魔族。奴の剣は貴様が造ったものか?」
「如何にも。アレは中々に不自由な剣でな、持ち主を選ぶ剣というのは実に面倒なものだ。いや、選ぶとは語弊があるか……あの剣は名も無き骨肉の刃にして、命の血肉と意思を貪る剣。私がズローヘ与えた剣とは、そういうものだ」
「……」
腰のポーチから魔力回復薬を取り出し、一思いに飲み下す。
敵を見誤るな。己は戦士ではない。魔族と戦う責務を背負う必要は無い。ズローを断罪し、裁く為にこの身が在る。
「……ほう」
「アンタが来てくれたんだ。時間通りとは言わんが例の計画を実行に移すんだろう? これだけ耐えたんだ……あの忌々しい断罪者を殺しても構わねぇよなあ!?」
「……殺すなよズロー」
「ソイツぁ無理な相談だ!!」
異形の剣が突如として膨大な魔力を放出し、断罪剣が呼び起こす刃の豪雨を粉砕する。
森での戦闘と今の戦闘に些細な違和感を覚えていた。何故あれだけ自由自在に剣を操っていた筈なのに、路地裏での戦闘では大きく動かなかったのか、分からずにいた。
「……」
もしズローが手加減し、苦戦を演じて男を待っていたのなら。
「……」
もしこの戦い自体が単なる時間稼ぎでしかなく、真の目的が他にあったとしたならば。
計画を止める責は我に在り。断罪剣を構え、砕け散る刃を再形成した断罪者は赫々とした意思を燃やし。
「来いよ断罪者!! 貴様の命、意思、血肉……全て喰らい尽くして殺してやる!!」
男とズローへ斬り掛かった。