捨てて、拾い上げたもの ②

文字数 2,966文字

 そうだ、捨てたのだ。
 捨ててから、気が付いた。気が付いたから、拾い上げた。だから、逃げ出した。
 元から奪われても、失ってもいなかったのだ。自分から捨て、それを見て見ぬフリをしていたから見失った。意思を、未来を、希望を。

 「私達にとって、武器を取ることも、抵抗することも難しい選択なんだよ。難しくて、躊躇して、逃げ出した。どれだけ憎くても、恨んでいても、その相手を傷つける事が怖くて逃げ出した。けどね、それは臆病者の選択じゃなかった。だって、逃げる事も賭けみたいなもので、勇気が必要だったんだ」

 選択の正解など分からない。
 知りたい答えは未来にある。
 間違っていたか、正解だったか、明日に進んでみなければ分からない。

 けど、だけど、今この瞬間は誇りたい。捨てたものを見つけ出した自分を、拾い上げた少女達を、精一杯の言葉で誇りたい。

 「私は生きたい。精一杯抗って、逆らってみたい。自分の意思と勇気を信じてみたい。生きて、生きて、生き抜いて、自分の未来と希望を取り戻す。だから、みんなも信じ欲しい。自分たちの選択を、意思を、勇気を。どれだけちっぽけな歩みでも、進んでいるという事実を、認めて欲しい」

 諦め、屍のように生き、運命を受け入れる事は簡単だ。だが、それでも、こんな運命を受け入れられないのだ。人として生き、人として終わる。それが正しい在り方の筈だ。自分たちは、生きているのだから。

 リーネの意思に触発されたかのように、少女達は皆手の平を見つめ、焚火の熱を感じる。
 生きている、生きているから、熱を感じる。死んでいれば何も感じない筈だ。身体の痛みも、風の音も、薪が爆ぜる音も、生きているからこそ感じるんだ。

 「……生きたい、そう、私達は、生きたい」

 「生きているから、感情が死んでいないから苦しいし辛いんだ。まだ、生きている」

 苦痛も辛苦も生きている故の感情だ。クエースの町で受けた苦痛は、生きていたい心が発信した一種の生存本能であり、防衛本能でもあるのだ。

 「……生きよう、抗おう、命が願う限り、進もう。その選択が出来るのは他人じゃない、自分達だけなんだから」

 リーネと少女達の瞳がサレナへ向く。その瞳にはもう迷いは無い。
 未来へ進む意思と希望を求める瞳、迷いを振り切り、覚悟を決めた瞳はかくも美しく、力強い輝きを放っていた。

 「サレナさん、お願いしても宜しいでしょうか」

 「どうぞ」

 「私達に力を貸してください、町を、救いたいんです。希望を、未来を得る為に、あなたと剣士様の力を貸して下さい。お願いします」

 「ええ、構いません。ですが、アインは」

 何時の間にか食事を平らげていたアインへ視線が向けられる。

 「サレナ、俺はお前の剣だ。お前が決めたなら俺は従うまで。だが」

 「だが?」

 「リーネといったな? 貴様、先程までは負け犬の目をしていたのに、少しの時間で良い目をするようになったな。別人のようだ」

 立ち上がったアインはリーネに近寄ると、座り込んでいた彼女の目線と合わせるようにしゃがみ込み、頭を撫でた。

 「綺麗だな」

 「え?」

 「貴様の翡翠色の瞳に宿る意思は、燻ぶる火種のように美しく、輝いている。その瞳を、意思を見たかった。敗北者、負け犬だと思ってみれば胸の内に熱い魂を持つ娘じゃないか。サレナほどじゃないが、お前は十分美しい。いいだろう、剣を振ってやる」

 アインの真紅の瞳が、リーネの瞳を覗き込む。
 アインの内面に在るは狂気的な殺意と憎悪、憤怒と怨恨。彼は優し気な言葉を吐きながらも、自身の内で暴れ狂う感情を隠そうともしない。だが、だからこそ彼は嘘を吐かない。心から溢れた言葉を口に出し、虚偽や虚言は己の殺意が殺し尽くす。外見は黒甲冑を着た大熊のようで、内側は素直な人。アインから感じた魔力を読み取ったリーネは、燃え滾る業火の中であろうとも煌めきを放つ一本の剣を幻視した。

 「飯は食っておけ、戦いの時に腹が減っては力が出ない」

 「は、はい」

 「それと今日はもう日が沈む、貴様らの町に戻るのは明日の朝にした方がいいだろう。サレナもそれで構わんな?」

 「ええ、自ら危険な橋を渡る必要はありません。リーネさん達も今日はゆっくり休んでください。アインが居れば大丈夫です」

 「その、私達が休んで、サレナさんとアインさんは大丈夫なんですか?」

 「私はもう少し起きています。彼は」

 「俺ならば眠らなくても問題ない、敵が来たら直ぐにでも動けるようにしておく必要がある」

 「だそうです。さ、ご飯を食べて」

 立ち上がり、木に背を預けたアインは腕を組み、夕照に濡れた木々の間を睨む。
 
 リーネは彼に声を掛けようとしたが、腹の虫が鳴り思わず赤面した。
 そういえば、昨日の夜から何も食べていなかった。匙を手に取り、根菜と菜っ葉の穀粥を一口食べたリーネは、あまりの美味しさに舌を巻く。

 「味は大丈夫でしょうか? 私の好みですので舌に合わないかも……」

 「い、いえ! 美味しい、すっごく美味しいです!」

 「それは良かった、おかわりもありますから沢山―――」

 少女達は四人同時に椀の中身を平らげ申し訳なさそうな顔で、椀と鍋を交互に見つめた。

 「遠慮しなくても構いません、どうぞ?」

 ワッと鍋から粥を掬い、美味しい美味しいと口々に話す少女達へ微笑みを向けたサレナは、自分の椀に手を付ける。

 「あの、ぶしつけな質問をしてもいいですか?」

 「どうぞ?」

 「サレナさんとアインさんは、その、どうして騎士の誓約を交わしているんですか? あれはデメリットの方が大きすぎて、既に廃れた誓約ですよね?」

 「ああ、それは彼の方から持ち掛けてくれたんです。命と剣を私に預け、私を守ると誓ってくれた証。何故結んだのかと言われたら、そうですね、今考えれば嬉しかったのだと思います」

 「嬉しかった?」

 「はい、彼と未来へ進める事が、彼と共に歩ける事が、嬉しかったのです。アインはぶっきらぼうで変に真面目な性格なんですが、嘘は吐かないし、常に本当の事を話します。好きなんです、彼が。彼の手が、彼の姿が、好き。だから、私は誓約を結んで本当に良かったと思っています。彼が居なかったら、彼と出会わなければ、私は生きていませんでしたから」

 「生きていないって、どうして?」

 「死の運命から救ってくれた、彼は命の恩人なんです。彼は私に言いました、死にたいのかって。私は死にたくなかった、生きて世界を自分の目で見たかった。だから、助けを求め、彼は私を助けてくれた。私もあなた方と同じなんです。救ってほしいから手を伸ばし、生きて未来を掴みたかったから救ってくれる人を求めた。同じですよ、生きて未来へ進む意思を示す必要があったのは、私も同じなんです」

 アインを見つめるサレナの目は、愛しい人を見つめる少女そのものだった。
 
 彼と共に生きたい、彼と共に歩きたい、彼と共に未来を見たい。何故か彼を見ていると時折心の奥が張り裂けんばかりの切なさを訴え、一時も離れたくないと思ってしまう。胸が疼き、声をあげて泣き叫びたくなってしまう。それは何故か分からない。分からない故に、分かりたい。

 夕日は森をオレンジ色に染め、黄昏が闇と光を曖昧にさせる。

 サレナと少女達は、明日の為の話を終えると各自横になった。
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