練兵 ②
文字数 2,466文字
槌を振り下ろし、赤熱した鋼を力強く打ち据える。赤い火花が飛び散り形を変える鋼はやがて鋭利な刃を宿し、冷水によって徐々に剣の形に整えられてゆく。
打たれ、浸けられ、研ぎ澄まされ……。鈍色の光沢を煌めかせ、戦場にて振るわれる剣は血に濡れる。鍛えられた鋼が往く道は人の歩む道と似て非なるもの。幾度の死と刹那の生を乗り越えた者が見る景色はただ一つ……夢想の安息である。
振るわれる大剣の刃を薄皮一枚で躱し、反撃の手を探るアインの瞳がザインの隙を探る。仮面から滴る血が眼に入ろうと、腕の関節が砕けていようとも、強大な力を振るう戦士に立ち向かう少年の闘志は死んでいない。
剣が弾かれ、鮮血に濡れた大剣の刃が彼の胸を斬り裂き、血の雫が宙に舞う。一瞬だけ意識を手放しそうになった少年の傷に影が入り込み、傷を塞ぐと同時に発狂してしまう程の激痛を与え、無理矢理意識を取り戻させる。
口の中が鉄の臭いで満たされ、鼻に着く血の香りが己の身体から溢れ出るものであるのか、ザインの大剣から香るものなのか分からない。ぐるぐると回る思考の中、瞳が捕らえた残影に向かって振るわれたアインの刃が鋼の音を響かせた。
「……」
剣が掠っただけ。だが、その一手がザインの術の手掛かりであると少年は気付く。後頭部を殴られ、地面に滅茶苦茶に吹き飛ばされたアインは剣を支えにして立ち上がると己の脇腹を斬り裂き、刃に血を纏わせる。
「傷を、塞ぐな」
アーマーの装甲を修復し、傷を塞ごうとした影に命令を下したアインは鮮血を流したまま剣を振り回し、宙に血の雫を飛ばす。
姿を掻き消し、四方八方から殺意を飛ばすザインの攻撃を防ぐのは困難極まりないものだ。隙を見出し、油断を誘おうにも老練した戦士の目と勘を欺くことも無理難題ならば、相手の性格と術を知り、真正面から突破するしかない。
感覚を研ぎ澄ませ、鋭い殺意を宙に散った雫に集中させる。草を踏む音、空気を切る音、全てを見逃さない。剣を構え、その場に立ったアインの目が、耳が、ほんの些細な物音に反応し、彼は奥歯を食い縛りながら刃を背後へ向けた。
まるで時間が停止したような静寂がその場に流れ、場を支配していた殺意がシンと静まり返った湖面のように一人の男……ザインに収束される。
今まさに大剣を振り上げ、アインを叩き潰そうとしていた戦士の喉元に少年の刃が突き付けられ、一歩でも動けば斬ると言葉無く態度で示す。
「小僧、何時気が付いた? 我が術の能力を」
「今、さっきだ」
「切っ掛けを言ってみろ」
「俺の、剣が貴様の鎧を掠めた、時だ。貴様、消えているのではないな? あぁ、そうだ、俺は勘違いしていた」
「勘違いだと?」
息を荒げたまま地面に膝を着けたアインは「貴様は、目にも止まらぬ速さで動くことが出来るのだろう?」とザインへ殺意を帯びた視線を向ける。
「……ほう、どうやって気が付いた小僧」
「剣が貴様の鎧を掠めた時だ。姿を完全に消せる者に剣の刃は当たらない。その瞬間、俺は一つの仮説を立てて、実行に移した」
「それが脇腹の傷と血の雫か?」
「そうだ」
アーマーから伸びる影がアインの傷を激痛を伴いながら塞ぎ、遠くなる意識を狂気が繋ぎ止める。戦える状態にまで回復したアインはゆっくりと立ち上がると剣を握る手に力を込め、勢いよく空を斬った。
「血の雫が瞬時に消えた時に確信した。貴様の肉体を透過するのではなく、当たった事で賭けに出た。失敗すれば勿論命は無いし、確実に叩き潰されていただろう。だが、こうして見ればザイン……貴様の術は単純なものだ」
ザインの姿が消え、空気に殺意が充満する。しかし、戦士の術を理解したアインの瞳は超高速で動き回るザインの姿を視認し、鎧が発する音を聞き逃さない。
「肉体強化の術……それも高位な術儀だ」
肉体強化術を使い、瞬間的に己の身体を強化することで死角から死角へ動き続けていたワケか。爆発的な加速と筋力強化にザインの身体がどれだけ持つのか分からない。だが、根競べなら負けはしない。
背後から迫る剣戟を身を捻りながら躱し、杭を打つが如く振り下ろされる一撃を剣で逸らしながら反撃の隙を探る。合間合間で繰り出される拳と蹴りを全力で受け止め、腕を圧し折りながらも剣を握る手を離さないアインに誰もが目を離せなくなり、練兵場に立つ全員が真剣な眼差しを向け始める。
「良いぞ、剣が鋭くなった。もっと冷静に、敵の動きを見極めろ小僧」
一撃、二撃、三撃と。痛みと血の中で成長するアインにザインは賛辞を送る。戦いはより苛烈に、壮絶なる殺し合いへ発展し、血飛沫と骨肉が潰される音が木霊する。
「小僧、貴様は何処の練兵場出身だ? どの上級魔族に仕えていた」
「誰にも仕えちゃいない。何処の出身だと問われても、俺は何処で産まれたのかのかも覚えちゃいない。だが、俺にアインという名前をくれて、共に歩もうとしてくれた人は居る」
「何だ? 恋人か?」
「……」
「恋人の為に強くなるのは構わん。だが、貴様は何の為に戦っている。どうして強くなりたい。貴様は自分の為に……いや、その誰かの為に強くなることに固執しているのではないのか? 小僧、自分の欲望と渇望を理解していない者は一生強くなれんぞ」
「ッツ!!」
終始劣勢に追い込まれていた少年の瞳に禍々しい殺意が宿り、振り抜かれた大剣を弾き飛ばす。
「……弱ければ失うのだ。戦い続けようとも心は摩耗し、精神は限界に達して事切れる。修羅の道を往き、冥府魔道を往かんとする者に安息の場は与えられぬ。小僧、何故泣いている。どうして貴様の心は殺意を垂れ流しながらも泣き叫び、激情は慟哭を刻む。その心が求めるのは何だ?」
「……」
「俺の名はザイン。イエレザ様の私兵を束ね、鍛え上げる為に此処に居る。この老いた男にも役目があり、役割がある。小僧、貴様はどうして此処に居る。貴様の往くべき道は何だ? 答えろ、餓鬼」
白濁色の瞳がアインへ向けられ、深い皺と生々しい古傷に覆われた老人が少年へ刃を向ける。
打たれ、浸けられ、研ぎ澄まされ……。鈍色の光沢を煌めかせ、戦場にて振るわれる剣は血に濡れる。鍛えられた鋼が往く道は人の歩む道と似て非なるもの。幾度の死と刹那の生を乗り越えた者が見る景色はただ一つ……夢想の安息である。
振るわれる大剣の刃を薄皮一枚で躱し、反撃の手を探るアインの瞳がザインの隙を探る。仮面から滴る血が眼に入ろうと、腕の関節が砕けていようとも、強大な力を振るう戦士に立ち向かう少年の闘志は死んでいない。
剣が弾かれ、鮮血に濡れた大剣の刃が彼の胸を斬り裂き、血の雫が宙に舞う。一瞬だけ意識を手放しそうになった少年の傷に影が入り込み、傷を塞ぐと同時に発狂してしまう程の激痛を与え、無理矢理意識を取り戻させる。
口の中が鉄の臭いで満たされ、鼻に着く血の香りが己の身体から溢れ出るものであるのか、ザインの大剣から香るものなのか分からない。ぐるぐると回る思考の中、瞳が捕らえた残影に向かって振るわれたアインの刃が鋼の音を響かせた。
「……」
剣が掠っただけ。だが、その一手がザインの術の手掛かりであると少年は気付く。後頭部を殴られ、地面に滅茶苦茶に吹き飛ばされたアインは剣を支えにして立ち上がると己の脇腹を斬り裂き、刃に血を纏わせる。
「傷を、塞ぐな」
アーマーの装甲を修復し、傷を塞ごうとした影に命令を下したアインは鮮血を流したまま剣を振り回し、宙に血の雫を飛ばす。
姿を掻き消し、四方八方から殺意を飛ばすザインの攻撃を防ぐのは困難極まりないものだ。隙を見出し、油断を誘おうにも老練した戦士の目と勘を欺くことも無理難題ならば、相手の性格と術を知り、真正面から突破するしかない。
感覚を研ぎ澄ませ、鋭い殺意を宙に散った雫に集中させる。草を踏む音、空気を切る音、全てを見逃さない。剣を構え、その場に立ったアインの目が、耳が、ほんの些細な物音に反応し、彼は奥歯を食い縛りながら刃を背後へ向けた。
まるで時間が停止したような静寂がその場に流れ、場を支配していた殺意がシンと静まり返った湖面のように一人の男……ザインに収束される。
今まさに大剣を振り上げ、アインを叩き潰そうとしていた戦士の喉元に少年の刃が突き付けられ、一歩でも動けば斬ると言葉無く態度で示す。
「小僧、何時気が付いた? 我が術の能力を」
「今、さっきだ」
「切っ掛けを言ってみろ」
「俺の、剣が貴様の鎧を掠めた、時だ。貴様、消えているのではないな? あぁ、そうだ、俺は勘違いしていた」
「勘違いだと?」
息を荒げたまま地面に膝を着けたアインは「貴様は、目にも止まらぬ速さで動くことが出来るのだろう?」とザインへ殺意を帯びた視線を向ける。
「……ほう、どうやって気が付いた小僧」
「剣が貴様の鎧を掠めた時だ。姿を完全に消せる者に剣の刃は当たらない。その瞬間、俺は一つの仮説を立てて、実行に移した」
「それが脇腹の傷と血の雫か?」
「そうだ」
アーマーから伸びる影がアインの傷を激痛を伴いながら塞ぎ、遠くなる意識を狂気が繋ぎ止める。戦える状態にまで回復したアインはゆっくりと立ち上がると剣を握る手に力を込め、勢いよく空を斬った。
「血の雫が瞬時に消えた時に確信した。貴様の肉体を透過するのではなく、当たった事で賭けに出た。失敗すれば勿論命は無いし、確実に叩き潰されていただろう。だが、こうして見ればザイン……貴様の術は単純なものだ」
ザインの姿が消え、空気に殺意が充満する。しかし、戦士の術を理解したアインの瞳は超高速で動き回るザインの姿を視認し、鎧が発する音を聞き逃さない。
「肉体強化の術……それも高位な術儀だ」
肉体強化術を使い、瞬間的に己の身体を強化することで死角から死角へ動き続けていたワケか。爆発的な加速と筋力強化にザインの身体がどれだけ持つのか分からない。だが、根競べなら負けはしない。
背後から迫る剣戟を身を捻りながら躱し、杭を打つが如く振り下ろされる一撃を剣で逸らしながら反撃の隙を探る。合間合間で繰り出される拳と蹴りを全力で受け止め、腕を圧し折りながらも剣を握る手を離さないアインに誰もが目を離せなくなり、練兵場に立つ全員が真剣な眼差しを向け始める。
「良いぞ、剣が鋭くなった。もっと冷静に、敵の動きを見極めろ小僧」
一撃、二撃、三撃と。痛みと血の中で成長するアインにザインは賛辞を送る。戦いはより苛烈に、壮絶なる殺し合いへ発展し、血飛沫と骨肉が潰される音が木霊する。
「小僧、貴様は何処の練兵場出身だ? どの上級魔族に仕えていた」
「誰にも仕えちゃいない。何処の出身だと問われても、俺は何処で産まれたのかのかも覚えちゃいない。だが、俺にアインという名前をくれて、共に歩もうとしてくれた人は居る」
「何だ? 恋人か?」
「……」
「恋人の為に強くなるのは構わん。だが、貴様は何の為に戦っている。どうして強くなりたい。貴様は自分の為に……いや、その誰かの為に強くなることに固執しているのではないのか? 小僧、自分の欲望と渇望を理解していない者は一生強くなれんぞ」
「ッツ!!」
終始劣勢に追い込まれていた少年の瞳に禍々しい殺意が宿り、振り抜かれた大剣を弾き飛ばす。
「……弱ければ失うのだ。戦い続けようとも心は摩耗し、精神は限界に達して事切れる。修羅の道を往き、冥府魔道を往かんとする者に安息の場は与えられぬ。小僧、何故泣いている。どうして貴様の心は殺意を垂れ流しながらも泣き叫び、激情は慟哭を刻む。その心が求めるのは何だ?」
「……」
「俺の名はザイン。イエレザ様の私兵を束ね、鍛え上げる為に此処に居る。この老いた男にも役目があり、役割がある。小僧、貴様はどうして此処に居る。貴様の往くべき道は何だ? 答えろ、餓鬼」
白濁色の瞳がアインへ向けられ、深い皺と生々しい古傷に覆われた老人が少年へ刃を向ける。