偶然か、必然か ②

文字数 3,205文字

 異形の黒甲冑と異貌の兜、バイザーの隙間から覗く真紅の瞳。背負った剣は柄から剣先まで全てが黒に染まった飾り気の一切が排除された無骨な剣。大熊のような体躯からは果てし無い狂気とも思える激情が溢れ、交わす言葉には鮮烈な殺意が含まれていた。

 「貴様らの一族に俺は一切興味が無い。何故貴様があの肉塊を部屋の外へ出すような言葉を発したのか理解したくないし、したいとも思わない。だが、貴様は何を思って何を話している? 探るような真似は止せ、単刀直入に言え。貴様程の強者が何を俺達に言いたいのか、話せ」

 憎悪と憤怒が言葉の端々に滾り、溶けた鋼のような、冷え切らない灼熱の鋼を思わせる言葉がアインの口調から感じ取れる。

 慎重に言葉を選ぶべきか、否か。紫煙を吐き出したハルは口元に苦虫を噛み潰したかのような、苦々しい記憶を掘り起こしたかのような、微妙な表情を浮かべる。

 「以前、私が現役だった頃の話だが、貴殿と同じような姿形をした者を見た事がある。持っている武器は多少形が違えど、その甲冑はそっくりだ。その者の名を知りたくはないかね?」

 「……話してみろ」

 「名、いや、名称で呼ぶべきか。その者は魔を統べる王にして、生物としては勇者と比肩する強度を持つ存在。我々人類の仇敵にして怨敵、魔族の決戦存在、その者の名称は魔王。私が

者と、貴殿はよく似ている」

 「……魔王だと?」

 「ああ、あの姿は一度見たら忘れる事など不可能だ。勇者を含めた強力な仲間達が集っても尚、魔王は倒せなかった。勇者エリンが、居ても尚倒す事が出来なかった」

 「勇者は敗けたのか?」

 「いや、分からない。魔王による攻撃で勇者と私を含めた四人は分断され、彼女は一人で魔王に挑む事となった。たった一振りの神剣のみを携えてな。だが、一つだけ分かっている事はエリンと魔王の戦いは終わっていないのだろう。こうして人類と魔族による戦乱が続いている事がその証左だ」

 部屋の扉がノックされ、給仕の女性が茶と菓子を持って現れる。ハルは女性へ茶と菓子を置いて行くよう伝えると自身の指を組む。

 「貴殿は魔王とよく似ているが、奴とは違う。あの生物は、生物として呼んでいいのか怪しい存在は、万物事象を全て殺戮尽くさんとする死の権化だ。奴に愛など絆などそんな言葉は存在しない。目の前の命は塵芥に過ぎず、人類などという脆弱な種族は弄ぶ価値も無い生命。彼の者の目は、真紅の瞳はそれだけを語っていた」

 「……」

 「ハルさん、少々宜しいでしょうか?」

 「何だね?」

 沈黙し、己について考えを張り巡らせるアインの代わりに、彼の隣に座っていたサレナが口を開く。

 「ハルさんは、アインが魔王だとお考えですか?」

 「可能性の話をしている迄だ。彼が完全に魔王であると考えていない」

 「ですが、彼が魔王だと思っているのですよね?」

 「……ああ、そうだ」

 「もしアインが本当に魔王であったとしたら、貴男はどのような行動を起こすのですか?」

 「直ぐに共に連絡して、魔王を殺す。勝てないとしても、命を賭してでも魔王の生存を民衆に知らしめよう」

 「分かりました。ならば安心してください」

 サレナが立ち上がり、胸に手を当てハルへ近づき、その美しい金色の瞳を彼へ向ける。

 「彼は魔王ではありません。確かに見た目は武骨でつっけんどんなところがあるかも知れませんが、本当は優しい人なんです。貴男の話では魔王は血も涙もない魔族のようですが、彼は何時も怒っています。何故怒っているか、何故憎んでいるか、何に対しその感情を向けているか、それは全部自分と誰かに対して怒っているんです。行き場の無い感情の滾りを、全て剣に載せて戦っているんです」

 「人魔闘争に明け暮れ、同族殺しの制約がある中で、互いの種族は敵対する存在を殺し尽くすまで抜いた剣を引かない世界の中で、彼は貴男に剣を振るわなかった。何故だか分かりますか? それは私が居たからです。私の存在があったからアインは剣を振るわなかった。もし剣を振るってしまったら私に危害が及ぶから、私の身が危なかったから。だから剣を振るわずに、収めた。もし彼が魔王であり、魔族であったなら私の事なんか気にせずに剣を振るうでしょう? だから、彼は魔王なんかじゃありません」

 「……君の瞳にある紋章、それは騎士の誓約の紋章か?」

 「はい、私は彼と騎士の誓約を結んでいます。ハルさん、誓約の効果をご存じですか?」

 「ああ、知っている」

 「私は自身の命とアインの命を以て保証しましょう。もし彼が魔王であり、人類を、生命を殺し尽くす為に剣を振るうのならば、私は己が命を以てアインの命を断ちましょう。この身を以て彼が魔王では無く、人であることを証明しましょう。それで構いませんね、アイン」

 「……サレナ」

 「何でしょう」

 「お前は俺を、記憶も無く、魔王の可能性がある俺を信じているのか? 何故そこまで俺を信用する」

 それは、アインだから。その言葉を飲み込み、アインへ近づいたサレナは額を彼の兜と合わせ、目を閉じる。

 「だって、アインは私を信じてくれているでしょう? 何時だって、どんな時も私の身を第一にして行動してくれる。私を信じてくれるアインを、私が信じなくて誰が信じるのですか? アイン、あなたは魔王なんかじゃない、一人のアインという生命です。だから、信じて。あなたを信じる私を信じて下さい」

 アインが自分を信じられなくても、過去を失った魔王の可能性を孕んでいようとも、ただ己の為に剣を振る剣士を信じよう。彼がアインとして生き続けるのなら、絶えず彼の為に奇跡を願おう。だから、信じて欲しい。

 兜を撫で、そっと抱き締める。今は頼りない少女かもしれない。けど、彼さえ居れば、大切な人さえいれば何処までも進んで行ける。彼が人類や魔族、種族が曖昧な存在だとしても、アインはアインであるのだから関係ない。ただの、一つの生命なのだから、愛せるのだ。

 「……君達、路銀は十分か?」

 「少し心許ないですね、どうかしましたか?」

 「今この銀春亭は少しばかり人手不足でな、従業員を募集しているところだ。どうだ、少しばかり働いてみないかね。給料は皆と同じだが、サレナ嬢と

殿さえ良ければ私の銀春亭(戦場)で働かないか?」

 「えっと、嬉しい話なんですが、アインはどうします?」

 「……俺は、お前の選択に従う。お前が居る場所が、俺の居場所だ」

 「じゃあ……お願いします、暫くの間ですが此処で働かせて下さい。ハルさん」

 「此方こそ宜しく頼むよ、サレナ嬢。仕事は明日からで構わない、今日一日はゆっくりとスピースを回るといい」

 にこやかな笑顔をサレナとアインへ向けたハルは思う。

 この少女と剣士との出会いは偶然か、はたまた仕組まれていた必然か。あの勇者が最後に言った、瓦礫で閉ざされる視界が見た口の動きは、この日を予見していたのだろうかと、己に問う。

 


 何時か、私と同じ奇跡を纏う者が現れる。だから―――。




 だから―――。その言葉の真意は分からなかった。
 しかし、あの異常なまでの理想主義者が最後に残した言葉の意味を己は分からずにいた。皆の理想と希望を背負い、傷と血に塗れながらも奇跡を求め、誰よりも未来を渇望していた勇者の真意を己は汲み取れずにいた。だから、求めたのだろう。娘と周りに、求めたのだ。

 今となって自嘲する。簡単な事だった。未来を育む責務があった事に、今更ながら気づき、愚かな己を嘲笑う。

 立ち上がり、話をしながら部屋を出た二人を見送る。責務を果たす時が来たようだ、かつて四英雄と呼ばれた己が、若者に教えを示す時が来たのだ。

 「やっと気付いたよ、アーシャ、そして我が盟友エリン。今度は、私が導く番なのだな。私の慙愧は晴れたようだ」

 そっと、男は誓う。この偶然と必然に、かつての友と愛する妻に、今度は己が誰かを導く番だと誓った。
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