心と意思 ①

文字数 2,544文字

 雷を纏った黄金槍が敵陣を切り崩し、閃光の如き憤怒を宿した黄金の瞳が魔族を射抜く。

 槍を振るい、天より雷を呼び寄せ幾本もの黄金の矢を顕現させたアクィナスは、空気を震わせる程の咆哮をあげると地上に(ひし)めく魔軍を光と共に殲滅する。

 これより先には進ませない。これ以上人類の生存圏を奪われるわけにはいかない。これ以上……戦線を後退させるわけにはいかない。獅子奮迅の戦いを繰り広げるアクィナスは刃を向ける魔族を突き捨てると、頬に付着した返り血を鋼に包まれた腕で拭う。

 「アクィナス!! そっちは大丈夫!?」

 「心配するなクオン!! 私は戦友が生き残っている限り敗けん!! 誰かが生きている限り、この戦場から退くわけにはいかんのだ!!」

 人類軍の生存者が立て籠もる砦を取り囲む魔軍を打ち払い、返り血に染まった槍を掲げたアクィナスは身体の内側から沸き上がる力を感じ取る。

 兵や戦士達の消えかけていた命の炎が再び燃え上がっている。砦にて救命活動に身を投じるサレナの活躍により、多くの命が救われ続けている。救う為の戦いに身を焦がし、己の魔力と術を以て戦場医療の場で戦い続ける少女にアクィナスは感謝の言葉を呟く。

 戦友が生きている。特別な誰かが生き、救われ続けている。それだけで、アクィナスの力は高まり続け、彼の秘儀を発動させるに至る。

 「クオン!! 秘儀を発動する!! 一気に片付けるぞ!!」

 「了解!!」
 
 アクィナスの秘儀……それは、戦友と今を生きている特別な者達が戦場に存在するだけで、彼の身体能力と魔力が高まり続ける力。この戦場に到着した時、砦に立て籠もる戦士と兵は皆傷付き、命の灯が消えかけていた状態だったが、サレナの無理を押し通すような救命活動により希望の光が再び灯された。

 故に、アクィナスの秘儀の発動条件が整ったのだ。兵と戦士が再び立ち上がり、希望を目指す意思、生への渇望、勝利への欲求……。戦場に存在する様々な意思がアクィナスの力に変換され、彼は自身の黄金槍に戦況を一変させる力を纏わせ矛先を魔軍へ向ける。

 「我が黄金槍は聖王の武にして、人類の矛。魔族、貴様等が人類の生存圏を侵し、私の特別な存在を奪うというならば容赦はしない。……滅せよ、人類の敵よ!!」

 アクィナスが槍を地面に突き立て、地脈に魔力を流し込んだ瞬間大地から閃光が溢れ、その光に触れた魔族は次々と肉体を崩壊させ、残された魔力を空気中に放出する。

 「敵には慈悲など必要無し! 虚無に還りたい者から牙を剥き、私に剣を向けるがいい! 貴様等が人類の殺戮を望むならば、私が魔族という種族そのものを滅ぼしてやろう!」

 人類は魔族を滅する意思を魂に刻み込まれ、魔族は人類を滅する意思を本能に刻み込まれている。世界を覆い尽くす制約による縛りは、秘儀を会得した人間でも脱することが出来ぬ程に固い。魔族を殺し尽くす意思に思考を染められながらも、冷徹な意思を以て戦場を血に染める。

 「黄金の英雄……アクィナス、奴が、聖王の黄金槍!!」

 魔族の戦士が叫ぶ。立ちはだかる敵を突き崩し、魔軍の血を一身に浴びるアクィナスに恐怖した戦士は一歩、後方に足を退く。

 「退くな!! 敵は人類の戦士二人だけだろう!? 我々には英雄ドゥルイダーが付いている!! あの方が黒い剣士を打ち倒し、我々に勝利を齎すまで耐えろ!!」

 「だが、我々のような一般兵では人類の英雄に勝つ術も、奴らの攻撃を止める術は存在しない!! どうやって止めるんだよ!! あの光に触れた瞬間に、あの槍を向けられた瞬間に、俺達は」

 魔族の肉体が光に溶け、消える。クオンとアクィナス、たった二人の人類に部隊を崩された魔族の戦士は、震える手から武器を落とし、後方へ視線を向ける。

 「あの炎は、あの力の奔流は!! 英雄ドゥルイダーが戻って来るぞ!! 黒い剣士を打ち倒したんだ……?」

 黒い剣士。その言葉に反応したクオンの視線が、大地の亀裂から吹き上がる炎の龍と黒炎に向けられた。

 「……黒い炎、あれは、アイン?」

 炎龍と黒炎が互いを喰らい合い、魔力と魔力を消滅させ続ける。牙を剥く龍の顎を黒炎を纏った剣が斬り裂き、剣と剣が目にも止まらぬ速さで打ち合い続ける様は常人が踏み込める領域を遥かに凌駕し、最早神速の域に達していた。

 「アクィナス!! アインが居た!! 魔族と戦っている!!」

 「アイン、黒い剣士か!? 彼は」

 クオンが指差した方向へ目を向けたアクィナスは黒い剣士の姿を見た瞬間、思わず息を飲んでしまう。

 黒炎を黒甲冑の装甲から噴出させ、鋼の筋肉で覆われた巨躯を持つ魔族と剣を打ち据える剣士。彼からは、身も凍るほどの殺意と激情が業火のように燃え盛り、剣を振るう度に甲冑の関節部位から血を流すアインの姿は地獄から這い出た悪鬼の様相。上級魔族ドゥルイダーと身を削る攻防を繰り返す剣士は、絶望的な力の差を必死に埋めるように黒の剣を振るう。

 「……」

 「アクィナス?」

 あの戦い方と感情の発露を見てしまえば、彼を英雄と呼ぶことは出来ないし、人類の同胞と呼ぶことも出来ない。アインの戦いは死へ全力疾走しながら、敵諸共地獄へ落ちるような戦い方。あの剣士を、人類側の戦士と見る事は出来ない。

 誰もがアインとドゥルイダーの死闘に魅入り、戦いの手を止める中、不意に苛烈を極めていた戦闘が止まった。

 「何で戦いを止めたんだろう?」

 「分からない。分からないが、何やら話をしているようだ」

 「話? 魔族と?」

 「そうだ」

 ドゥルイダーが頷き、アインが剣を背負うと双方此方に歩み寄って来る。戦場に立つ魔族とクオン、アクィナスが固唾を飲んで彼等の言葉を待っていた。

 「クオン、アクィナス、来ていたのか。この戦場に」

 「アインも、来ていたんだね」

 「何故、どうやって来たのか分からんがな。一度、ドゥルイダーを連れて砦に戻る。いいな?」

 「どうして?」

 「全力で殺し合う為だ。ドゥルイダーの意思と誓約に応える為、俺も準備せねばならん」

 そう言ったアインは二人と魔軍の間を歩き去る。彼の魔族を連れて、ゆっくりと。

 「……どう思う? アクィナス」

 「……」

 沈黙を守る黄金の英雄は、黒い剣士と上級魔族の背を見送るばかりだった。
 
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