応えよう ②

文字数 2,260文字

 凍結していた魔石回路の動力が復旧し、ピクリと指先を動かしたメイ一号が勢い良く立ち上がる。

 己が意識を失い、氷漬けにされてからどれだけの時間が経った? イーストリアは無事に逃げ出すことが出来たのか? バトラーの魔石回路は……人工脳は無事なのか? 

 ハルバードの柄を握り締め、遠く離れた青空から降り注ぐ白雪に肩を濡らしたメイ一号は、一瞬で周囲の状況を把握し、己の頬を掠めた黒紅の炎を視認する。

 黒と紅が入り混じった鮮やかな炎。この炎は……彼の王が振るった死の炎。在りもしない心がさざ波を立てるように騒めき、魔導の義眼が嵌め込まれた瞳から流れる筈が無い涙が零れ落ちる。

 王が……深淵の闇に沈み、命を失った黒の王がこの世に帰還したのだ! 彼の王はやはり我々を見捨ててなど居なかった! この身が仕えるべき王の帰還にメイ一号は全身を震わせ、炎を振るう剣士へ跪く。

 「王よ……我が親愛なる黒の王。ご帰還をお待ちしておりました。千年の悠久とも思える時の中、我等が創造主であるカラレゥス殿が残した魔導人形は私とバトラーの計二体。どうぞ王が思う儘に我等をお使い下さい」

 金装飾が施された黄金の柄を握り、真紅の刀身に紅蓮の炎を滾らせた剣士の瞳がメイ一号を一瞥する。

 「……何を呆けたことを言っているメイ一号。俺は貴様の王でもなければ、貴様等をモノのように使う立場でもない。俺はアインだ。見間違えるなよ、馬鹿者め」

 身体全身を覆い尽くす黒鉄の騎士甲冑を纏い、龍の意匠が映える兜。バイザーの隙間から僅かに覗く真紅の瞳……。身の程ある大剣を握り締め、鋼から黒紅の業火を噴出させた剣士、アインは紅玉を思わせる瞳に狂気的な殺意と激情を滾らせた。
 
 「いえ、その筈は……王よ、その御名をお呼びすることを御許し下さい……。アイン様、貴男は確かに我々の王の筈。死の奈落より蘇りし栄光の君。私めは……メイ一号はずっと待っていたのです。何時かこの世に生を取り戻す王の為、大破壊の日に沈んだ黒き太陽の国……

の再興こそが我が」

 「……メイ一号、俺は俺で、お前はお前だ。ふざけたこと言うな」

 「王よ!!」

 「何度も言わせるな、俺は貴様の主でもなければ王でもない。この身は世界に存在する一つの命に過ぎん。貴様が忠誠を尽くす王は、此処に帰って来ない」

 そうだ、きっと王は長い旅路のせいで疲れているのだ。塔が滅茶苦茶に荒らされ、王の名を語る餓鬼の存在に苛ついているに違いない。

 此処には彼が知る人物は誰一人として存在しないのだ。王の意思と計画書に纏め、政治全般を担っていたラグリゥスも、数々の魔導具を開発したカラレゥスも、相談役兼叡智の結晶と謳われたカラロンドゥも、周辺国家の顔役として外交を担っていたラーロウも、誰も居ない。

 「王よ……胸中お察し致します。ですがご安心ください。貴男が敷く覇道を否定する愚者は千年前に皆死に絶え、この世界に生きる者は姿形が違えど変わりありません。王よ、聖女様を……サレン様をもう一度」

 身を貫く殺意がメイ一号の動力源を一瞬だけ停止させ、空間が歪む激情が黒紅の炎を以て地面を焼き焦がす。

 「今はそんなことを話している場合じゃない」

 「そんな……こと?」

 「そうだ、千年前のことをどうでもいいと話さない。だが、それは過去の残影に過ぎず、この時代には存在し得ぬ夢想の幻影なんだ。メイ一号、お前はもう俺の為……いや、過去の為に生きるな。今を見据え、自分の為に行動しろ」

 王はそんなことを言わない。

 王は血肉を求め、敵へ死を齎す絶対者である。

 煮え滾り、爆発する殺意を刃に乗せて肉を刻み、圧縮と膨張を繰り返す激情を黒き炎に変える超越者。彼の心を支え、意思を汲み交わす彼女が居ないから、在り得ない言葉を吐き続ける。

 「アイン様、私めは!!」

 「お前もまた難儀な性格だな、メイ一号。お前が何と言おうと、俺をどう呼ぼうと、俺はアインなんだよ。それだけで……十分だ」

 幾重にも展開された氷の剣を打ち落とし、新たな得物を形成しようとする魔力を炎で焼き払ったアインは剣を構え、蒼の騎士へ斬り掛かる。

 神速の剣戟が騎士の甲冑を砕き、打ち合い、薄氷を散らす。ギョロリと蠢く騎士の単眼が剣筋の一つ一つを見極め、目のも止まらぬ速さで振るわれる黒白の刃を視線だけで凍り付かせた。

 彼は自分を王では無いと云った。ならば、アインを名乗る剣士は一体どういった存在で、何故魔導人形である己を守るようにして剣を振るう。彼が王ならばこんな非合理的な戦い方はしない。一直線に敵の首へ剣を奔らせ、真っ直ぐ突っ込む筈なのだから。

 「メイ一号」

 「……」
 
 「少々肩を貸して貰えませんか? 足を一本砕かれたものでしてね」

 「バトラー……王は、我等が待ち望んだ王は確かに彼の筈だ。そうじゃなければ、いや、万が一にも私が王を見間違う筈が無い。カラレゥス様が与えて下さった人工脳が……間違っている筈が無い。黒鉄の剣士……戦闘甲冑ノスラトゥの形状と黒の剣の姿形が変わっていようとも、あの御方はアイン様である筈だ……」

 「……私にどう言って欲しいと? 嗚呼、あの御方こそがアイン殿であると、あの御方以外の者がアイン殿の名を語るのは烏滸がましいとでも? いいですかメイ一号、私は既に答えを得た者である故に貴女が認知出来なかった事実を知っている。最初から申していたではありませんか姉上……アイン殿と、私は」

 そう言ったバトラーは跪いたまま微動だにしないメイ一号を見据え、含み笑いを浮かべた。

 
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