抗う者達 ①

文字数 3,216文字

 家の扉を蹴破り、剣を片手に溜息を吐く。
 デッシュの命により、本当に存在しているのかも分からない黒甲冑の魔族を探し続ける男達は苛立ちを覚えていた。
 路地を回り、大通りを隈なく探そうともそれらしき影の一つも見えやしない。エルファンの家に無断で押し入り家具を引っ繰り返し、家の隅々まで探そうと魔族の姿を捉える事は叶わず、エルファンに八つ当たりをしようにも彼女等の姿もまるで無い。

 町が静かだった。普段であれば呻き声やすすり泣く声の一つでもあるものだが、夕刻を回った時間まで町を練り歩いても、エルファンの姿は霧が晴れた後のようにパタリと見なくなっていた。

 おかしい、ここまでエルファンの姿を見なくなったのは初めてだ。何時もならば死んだような目をして怯え、跪いていた連中の姿が見えないなんて、おかしい。

 霧の魔族、黒い魔族、まさか、本当に―――?

 「あぁあ!! あ―――アッ!!」背後から叫び声が聞こえ、勢いよく振り向く。視線の先には頭が無くなった兵の死体が横たわり、足が水のように溶けた石畳に埋まっていた。

 「て、敵襲!! 敵襲うぅう!!」

 皆一斉に家の外へ飛び出し、辺りを見渡す。
 外は以前静寂が場を支配し、人の姿は無い。だが、自分達を何者かが見ている。そんな視線を感じる。

 「魔族だ!! 魔族が居たぞ!! 誰か!!」

 路地から声が響き、剣を握り締め声の主の下へ駆ける。

 「お、俺、魔族と戦った事なんて、一度も」

 「俺だって無い! だが、本当に魔族が居るなら―――」

 細い路地は夕照に濡れ、建物の影がより濃くなっていた。兵達は剣を構え、一列になって路地へ足を進める。固い石畳を踏み、ブーツの足音が木霊する路地に、かつてない緊張感に気を張り巡らせた彼らの前に、脇道から血に濡れた一人の男が転がり込む。額に汗を滲ませ、目を大きく見開いた男は、先頭の男の前に倒れ込んだ。

 「ど、どうした!? 何だ、何があった!!」

 「ま、魔族、魔族が来た。魔族は」

 「魔族がどうした!? ハッキリ言え!!」

 男は躓きながら

逃げ込み、姿を消す。

 何だ? 一体何が起こっている? いや、冷静に状況を分析してみろ。この状況、細い路地に一列となって入った事、血の臭いがしないのに血に塗れた男が居た状況。おかしい。これは、まさか―――。

 兵士全員の足が突然石畳に沈み、固定される。いくら足を動かそうにも、地面は瞬間的に液状化と固形化の変質を成し、兵達の動きを止めた。

 「お、おい!! 何だよこれ!!」

 「魔族だ!! 魔族の仕業だ!!」

 そうだ、おかしい筈だ。そもそも、魔族の捜索を言い渡された兵達は皆見知った顔の人間で、知らない顔の者は誰一人としていなかった。だが、先程の男の顔を知る者はこの場に居ない。男の名前も、顔も、儀式に参加していたかどうかも記憶に無い。

? あの男は何故路地の外ではなく

? いや、逃げたのではない。あの男の目的は―――。

 重い空気が辺りに立ち込める。身も凍る程の殺意が身体を縛る。頭上、屋根の上より降り注ぐ死の視線に、恐る恐る視線を向ける。

 「黒甲冑の、魔族」

 血の雫を剣の先より滴らせた異形の黒甲冑の剣士。真紅の眼光を兵達に向けた剣士は、剣を振り上げ建物の屋根から飛び降りると瞬く間に後方の兵を斬り捨て、血飛沫と共に殺戮を始める。

 罠だ、俺達は罠に掛けられた。真偽が不確かな情報を鵜呑みにし、情報に踊らされた故に死へと足を進ませた愚か者。そうだ、あの時、報告が入った時点で動くべきだったのだ。怠惰と堕落に耽るのではなく、剣を取って戦いの準備を進めるべきだった。

 「た、助けてくれよ、なあ、助けてくれ!!」

 「無理言うな!! 動けないんだぞ!? どうやって助けるんだ!?」

 「だって、だって、後ろからどんどん進んでくるんだ、魔族が、剣が―――」

 首筋の皮が薄く斬り裂かれ、生温かい鮮血が後頭部に降り掛かる。後ろの兵の首が無残に目の前に転がった。

 「助けて、いやだ、死にたくない、誰か、誰か居るなら俺を助けろ!! エルファン共!! 助けたら次の儀式は見逃してやる!! だから俺を助けろ!!」

 視界が飛び、転がる。己の首から上は血が噴き出し、無くなっていた。剣士は刃の血肉を振り払い、再び屋根の上へ飛び跳ねた。



 ………
 …………
 ……………
 ……………
 …………
 ………



 時は数刻前に遡る。
 薄暗い地下坑道に集まり、町の見取り図と敵の人員を細かく整理していたエルファン達とサレナ、ディーン、リーネは如何に味方の損害を減らし、敵を効率良く処理できるか頭を悩ませていた。

 「デッシュの私設兵の数は二十人、加えてクエースに十年前から居る兵を足せば百人程だ。それに対して此方はエルファンの女性とサレナさん、俺、アインを足しても非常に不利な数だ。子供達を除けば実質戦力は俺とアインだけになる。戦力差は歴然であり、戦うという選択は絶望的だろう」

 真剣な面持ちで図面上に駒を展開していたディーンが、展開される兵の数と動きを図面に走らせる。

 「兵の中で黒い魔族やら霧の魔族の噂が広がっている、これはアインが撒いた毒がもたらす影響だろう。アインの姿を見た兵も居れば、見た事が無いと言う兵も居る状況……これを使わないという選択肢は無い。此処で一つ、俺から作戦を提示したいと思う」

 「その作戦とは?」

 「

という真偽不確かな情報を利用し、敵の分断工作を行う。出来るならば魔力を扱える者を作戦に加えたいのだが、この中で水系統と土系統の魔法を扱える者はいるか? 居たら名乗り出てほしい」

 周囲がどよめき、ざわめく。両属性の魔力を扱える者が数人程名乗り出すが、その目は自信を失っている者の目であり、魔力を操った経験の無い者が殆どだった。

 「ありがとう、名乗り出てくれた者の勇気に感謝する。この町の道は殆どが石畳で構成され、水と土の属性を持つ者は文字通り敵の足止めと妨害を行って欲しい。だが、戦闘に参加したことの無い者が殆どの状況だ、君達はエルファンである特性を利用して設置式魔道具の作成を担当して貰いたい。魔力を扱えない者はリーネさんに聞くいい、彼女は最高の術師だ」

 リーネに視線が集まり、彼女は少しばかり目を伏せたが直ぐ様顔を上げ、自分の下に集まるように指示を下す。

 「魔力の扱いに自信が無い、或いは経験が無い者は私の下に集まって下さい! 子供たちも皆です! 時間が残されていない状況の為、簡単な方法でしか教えられませんが、私から魔力の扱い方を覚えた者は他の者に教えて下さい! 私達がエルファンであるのなら、誇りと希望を取り戻したいならば、みんなで行動するしか道はありません!」

 誇りと希望を取り戻す。その為には一人一人が行動し、努力することが必要だ。今はどんなに自信が無く、魔力を扱える者が少なくとも一人が一人を支え、その一人がまた誰かを支える。その連続した行動がエルファンの砕けた絆を繋ぎ合わせ。未来へ進ませる。

 一人が足を踏み出しリーネの下へ向かう。またもう一人と足を進ませリーネと手を繋ぐ。魔力を介し、相手に魔力の扱い方を示し、エルファンの魔法的才能により魔力の扱い方を一度の教えで学んだ者は、また別の誰かと手を繋ぎ教えを示す。

 「魔道具の媒体は空の魔石を使う。空となった魔力に二人分の水と土の属性を込め、石畳を泥状にして再度硬化させる。瞬間的な発動故に込める魔力は多い。これを作れるだけ作ってくれ、後は俺とアインが行動する」

 教えを学び、木箱に詰められた屑魔石を手に取ったエルファンは二人組になると各々魔力を魔石に込め、水と土の魔力が混ざった魔石を作り出す。出来は酷いもので、十分な魔力が込められていない石も存在しているが、それは属性を込めない魔力を用いて補完する。

 「時間が無いため、作業をする者以外に次の作戦を説明する」
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