逢魔が来りて ②

文字数 2,724文字

 「……」

 女王アニエスが桜を見上げ、その幹から根に巡る魔力を視認する。

 「……居るんでしょう? 出てきなさい」

 玉座の間を埋め尽くす花々が嵐に吹かれたように身を揺らし、色とりどりの花弁が舞うと何処からともなく女……キリルが現れ女王へ跪く。

 「エルファンの女王アニエス。我が王より伝言を預かって参りました」

 「伝言なんて回りくどい方法を使わず、通信用魔導具を使えばいいでしょう? いえ、彼が使いを寄越すなんて珍しい。用件を言いなさい」

 「上級魔族ニュクスがワグ・リゥスの内部に潜んでいる。処理は其方に任せる。以上です」

 「……そう」

 「驚かないのですね」
 
 「聖王が動かないのならば此方で対処できる問題よ。キリル、他に彼から伝言は無いの?」

 「もう一つ」

 「話して頂戴」

 「我が子……ウィシャーリエを明朝に迎えに行く。歓迎は不要。我々が成すべき事を済ませ、計画に抜かりが無いように……だそうです」

 「サレナ……あの白銀の少女は?」

 「彼女について王は何も。黒鉄の騎士、赤髪の女戦士についても手出しは不要とのこと。女王アニエス、言は伝えましたが貴女様から何か我が王に伝言はありますか?」

 「……聖王に伝言は無いわ。けど」

 アニエスから魔力が吹き荒れ暴力的なまでの殺意がキリルの身を貫き、彼女はスーツを身代わりにして魔法の矢を交わす。

 「魔族が聖王の側近とは聞いてない。貴女……いえ、貴様は何者だ」

 「……やはり四英雄の一人、それも魔法分野に特化した英雄を騙すには無理がありましたか」

 女……麗しい黒髪の美女から、仮面で素顔を覆い隠す男に姿を変えたキリル、否、魔族は歪な形の短刀を片手にアニエスへ殺意を向ける。

 「女王アニエス、勘違いしないで欲しいですねぇ。私は別に貴女と敵対しようとしているワケじゃありません。エルファンの女王にして、魔導国家ワグ・リゥスを統べる貴女を愚鈍な統治者として見るなんてもっての他。私は単に私自身の目的の為に動いているだけ。聖王との盟約、そして彼女への意思と誓約は人類への謀反を許しちゃいない」

 「貴男の何処を信用しろと? 虐殺器官……上級魔族メンダークス」

 「おや? 私のことを知っているのですか?」

 「知っているとも。忘れることなど出来る筈が無い。貴様の手で我が国は一度徹底的に破壊されたことを我が一族は忘れたりなどするものか。貴様は此処で殺す。生かしておいて良い存在で在る筈が無い!!」

 「血気盛んな御方だ。私がこの国を破壊した? 馬鹿なことを言う、それは三百年も昔のことでしょう? 人類……それも王族とは何故こうも過去の過ちを蒸し返すんでしょうかねぇ。理解に苦しむ思考回路だ」

 メンダークスを囲むように複数の魔力の槍が形成され、その身体を串刺しにせんと飛び掛かるが、彼は肉体を無数の羽虫に変化させると難なく槍を回避し、桜の枝に腰かける。

 「落ち着きなさいなアニエス。本当に私は貴女方人類に危害を加える意思は無い。その証拠に私はかつての力を殆ど失い、何の面白みのない魔族に成り果てたのです。聖王に……人類統合軍の長に情報を与える魔族が何処にいましょうか?」

 「黙れ。貴様は常に己を最弱と称し、何の面白みも無いとのたばうが真の恐ろしさはその口だ! 貴様の甘言にかつての王は騙され、裏切られ、命を落とした! 我が曽祖父の命以外に、友の命まで奪おうというのか?」

 「貴女は勘違いをしているようだ。私の言葉が人を動かすなど在り得ない。貴女の曽祖父が、そのまた前の王が私に命を奪われたなど冗談にしても面白くない。いいですか? 私は少し背中を押しただけ。その身に宿る欲望をそっと撫で、渇望に薪を焚べただけなのです。それで国を破壊したなんてねぇ……壊すならもっと派手にやりますよ。私はね」

 ああ、壊すならもっと派手にやる。民を扇動し、謀反を煽り、正統なる王を玉座から引き下ろした挙句、惨忍な方法で拷問する。統治者を失い、迷う民を虐殺するのは簡単だ。魔軍を誘導し、堅牢な城塞と王城を数の暴力で灰燼に帰し、瓦礫の山にしてしまえばいい。一つの都市、一つの国、一つの玉座……一から成り立つ無数の歴史を破壊する感覚は何とも心地良いものだ。

 「私は虐殺を好まないし、破壊を心底楽しむ狂人染みた感性を持っているわけではない。そうですねぇ……いうならば私にとって破壊とは一種の実績であり、達成感を得る口実でしかないわけです。人が築き上げて来たものが一夜にして崩壊し、その時代が終わる瞬間こそ万物に代え難い煌めき。虐殺器官……人類は私をその二つ名で呼びますが、ええ、心底不愉快だ」

 壊れるから美しく、今まで生きてきた命が瞬時にして消え去る故に愛おしい。脆く、儚く、閃光のように散る様こそ生の充足感を得られるのだ。

 「狂人が……!!」

 「どうとでも言って下さいな。女王アニエス、真実を知るには時間が必要であり、偽りを見抜くには人間性を養わなければならないのですよ? どうも貴女は彼以上の逸材には成り得ず、私が信奉し、意思と誓約を捧げた少女にも遠く及ばない。傀儡は操り糸がある故に動き、それを繰る手が無ければ思考さえも禁じられる。この世界とは、そういう風に出来た茶番劇。故に、糞なのです。つまらない劇は終わらせなければならない。そう思いませんか?」

 無数の羽虫は一斉にアニエスを通り抜け、彼女の背後にメンダークスの姿を形作り、実体を持つと。

 「安心して下さい、我が王の友よ。私は既に居なくなったとされる魔族。この身は聖王に捧げ、生殺与奪権は彼が握っているようなもの。この意思と誓約は少女に捧げた故に私は人魔最弱と成り果てたのです。実にまぁ……人の心とは面白いものでしょう? 今の私は貴女方の味方ですよ。目的が達成されるまでは、ね」

 「嘘を言うな、魔族」

 「どうしてこうも破界儀を持たぬ者は制約を信じ切っているのでしょうかねぇ? 一度私のように他種族に心を捧げてみますか? あぁ、申し訳ない。それはプライドと意地が許しませんよね。何とまぁ、可哀そうに」

 「……貴様は」

 「おっと申し訳ない。私も次の仕事が在る故に、此処でお暇させて貰いますね。次があったらまた会いましょう、エルファンの女王よ。では、さらばです」

 「待て!!」

 アニエスが振り返ると其処には美しい花畑だけが広がっており、メンダークスの影も形も無かった。まるで、其処には元から何も無かったかのように、人類領の魔力だけが残っていた。

 「……エルドゥラー、貴男は本当に、何を目指しているの?」

 女王の口から洩れた言葉は疑心と猜疑。敵である魔族を配下に加えた聖王の心を問う声は空気に紛れ、掻き消えた。
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