握る手を ①

文字数 1,894文字

 戦士にとって好敵手と成り得る存在とは、どのような者だろう。

 ある者は己を高めてくれる存在と語り、またある者は殺し切れぬ者と語る。喩え同じ部隊に所属し、同じ釜の飯を食っていようとも、殺すべき敵であろうとも、高みへ導いてくれる存在は好敵手と成り得るのだ。

 痛みに喘ぎながら立ち上がり、再び剣の柄を握り締めたアインは血の塊を口から吐き捨て、剣を構える。その様子を眺めていたゼルニクスもまた代わりの大剣を武器棚から引っ張り出し、剣士の隣で刃を構える。

 「治療を受けろと言われていた筈だが」

 「それは後でも構わん。アイン、貴様も治療を受けた方がいいんじゃないか?」

 「不要だ。時間が経てば次第に治る」

 「自然治癒力には限界があるぞ? 大人しく

貴様が受けてこい」

 ゼルニクスの言葉にピンとした糸のような空気が張り詰め、素振りを始めたアインの剣が速度を増す。

 「そうだな、俺が先に行ったとしても、万全な状態で此処に戻ってくるだけ。ゼルニクス、お前が痛む身体を引きずってまで鍛えた技を俺は軽々超えるだろう」

 「……ほぉ、言うじゃないか、アイン」

 次第に高まる殺意と交差する闘志。競い合うように素振りの速度を上げ始めた二人は、互いに血を流しながら剣を振るう。

 単なる意地の張り合いと言われれば、返す言葉は無いのかもしれない。数をどれだけ熟したか、剣筋は的確に相手の急所を捉えているか、死に至らしめる刃を振るうことが出来ているか……。

 競り合う子供のように剣を振るうアインとゼルニクスは、殴り合いによる痛みと失血に目を眩ませ、剣を指先から落としそうになってしまう。

 だが―――と、剣を持ち直したアインは空気を裂く剣戟を振るい、血を噴出させる。

 常軌を逸脱した極限の鍛錬法。一般的な戦士であれば、アインの行う素振りは身を削ってまで己を高める一種の自傷行為に近いもの。それを模倣し、自己鍛錬に取り入れようとする者は存在しない。

 もし、そう、もしアインの鍛錬に付いていけるような者がいるとしたならば、その者は狂人か根っからの戦士なのだろう。現に、ゼルニクスもまたアインと同じように剣を振るい、身に纏う鎧の隙間から血を流していた。

 何度見ても、何時までもこの目に映していたい。彼の剣を、狂気と獣性が絡み合い、その中で瞬く理性の輝きを。その為にも己の剣を、意思も強くせねばなるまい。まだ、倒れる理由にはならないのだ。

 渾身の一撃と思われる最後の剣が振るわれ、剣を背負ったアインは血を流しながらも平然と歩み出す。剣士の後を追おうとしたゼルニクスは感じたことの無い激痛と疲労に身を悶え、その場に倒れ込む。

 「どうした?」

 「……」

 「立てないのならその場に這いつくばっていろ。立てるなら自分の足で歩いてみせろ。お前はどうしたいんだ? ゼルニクス」

 「俺は……」

 勿論立ち上がりたい。もう一度立ち上がり、アインの後を追うつもりでいた。だが、身体が動かないのだ。痛みと疲労で指先一つ動かせやしない。

 「……」

 深い溜息を吐いたアインはゼルニクスの脇の下へ手を入れ、重い鎧ごと持ち上げる。

 「何を……」

 「何でもない」

 「……」

 「ただ手を貸しただけに過ぎん。だから、何でもない」

 ゼルニクスを引っ張り、屋敷へ向かったアインからは血が流れておらず、苛烈極まる殴り合いなど無かったかの風で。

 「ゼルニクス、俺は決して強くなんかない」

 「何を馬鹿なことを」

 「本当に強い者は、力だけを誇示しないんだ。……心が強ければ本当の強さを得られると思っている。違うか? ゼルニクス」

 「……」

 「強くなりたいと願っても、強く在りたいと祈っても、それに付随する意思がなければ剣の強さなどハリボテに過ぎん。お前が言う英雄とやらは、ただ単に強い連中のことなのか? 違うだろう?」

 強者が英雄と謳われ、弱者の名が残らない戦場では、死体の数が数字として記録されるだけ。

 名も無き兵士と戦士を記憶し、脳に刻み続ける存在が人類側の王……聖王エルドゥラ―。無慈悲で圧倒的な力を振るい、魔軍を駆逐する王は死の一つ一つを記憶していると聞く。

 英雄は伝承と伝説に謳われ、人々の記憶から薄れることは無いだろう。だが、一般兵と戦士はその家族が、仲間が死した後誰が覚えているというのだ。誰が彼等の事を記憶し続けるのだ。

 人は本当に忘れられた時、真の死を迎えるという。忘れられたくないと願いながらも、死は全てを忘却させるのだ。

 「ゼルニクス……お前が信じる英雄とは、お前が目指そうとする英雄とは、一体何なんだ? 教えてくれ」

 そういった剣士は、青年の瞳を覗き込んだ。
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