第35話 ちょっと休憩:小説『椿姫』の背景
文字数 2,089文字
さてさて、物語はあと一幕を残すのみですが、ここでちょっと休憩。
二人は、ヴィオレッタに実在のモデルがいたって話、聞いたことある?
え、ヴィオレッタみたいな女性が、本当にいたってこと?
そう、ヒロインのモデルはいたの。
原作小説『椿の花の貴婦人』が、作者の実体験に基づいて書かれているから。ただし事実をそのまま書いたわけじゃなくて、かなり脚色してるみたい
え~! じゃあ、あのおバカなアルフレードと、頑固爺なジェルモンもいたのかよ!?
そのあたりも含めて、有名なエピソードがあるんだ。オペラ『椿姫』を鑑賞する際に知っておいて損はないと思うので、ご紹介しておきましょう!
(というわけで、今回は拙作「ここで会ったが百年目」20話と話題が重複します)
そう、人々の注目を浴びてるよね。
彼女は、マリー・デュプレシというの。
(マリーさんについては、ちょっと検索すれば、いろいろ出てきます)
貧しい行商人の娘で、不幸な少女時代を過ごしたんだけど、やがて美貌と高い教養を武器に高級娼婦として昇りつめ、裏社交界のトップに!
フランツ・リストを含め、多くの上流階級の男性と浮名を流しましたが、肺結核に侵され、23歳で亡くなりました。
原作小説の主人公の名前はマルグリットというんだけど、そのモデルがマリーとされているの。
小説を書いたのは、アレクサンドル・デュマ・フィス。
『三銃士』などで知られるアレクサンドル・デュマの息子だね。二代続けて有名作家になったわけだけど、お父さんと息子で同じ名前なので、区別するためにお父さんを「大デュマ」、息子を「小デュマ」と呼んだり、あるいは息子にだけ「フィス(息子)」をくっつけたりしてるんだ。
で、小デュマもマリーさんとお付き合いした有名人の一人なの
じゃあ意地悪ジェルモンは「大デュマ」、お馬鹿アルフレードは「小デュマ」ってことか⁉
今オレ、デュマ親子が大っ嫌いになった!
小説は恋人の男性視点で話が進むの。主人公の名前はアルマン・デュヴァルというんだけど、ADのイニシャルはアレクサンドル・デュマと同じだね。アルマンは心ならずも別れたマルグリットに対し、深い悔恨を覚えるという物語。
で、二人を引き離す父親の方は、特にモデルがいない……ってことになってる
じゃあ、別に大デュマが二人を引き裂いた、というわけじゃないのか。
となると小デュマの本気度が気になるなぁ。
彼はマリーのことが本当に好きだったの?
本気だったからこそ、彼はこういう作品を書いたんじゃないかな?
ついでに言うと小デュマという人は、大デュマの私生児だったの。偉大な父親に対し、心情的には複雑なものがあったかもね
そういや、『椿姫』の日本語タイトルは小説の方に基づいているんだっけ?
オペラのイタリア語タイトルは『ラ・トラヴィアータ(道を踏み外した女)』か。こっちにも一応、椿の花は出てきたけどな
小説の方には、よりはっきりと椿の花が登場するんだ。
マルグリットは自分の宣伝や社交のために劇場に通っていて(上の絵でも、マリーさんは桟敷席に座っていますね!)、テーブルの上に白い椿を置くか、赤い椿を置くかで営業中かどうかを表してたの
オペラでは、この手のあからさまな描写は削られてるね
えへん(咳払い)。
つまり、そういう世界に一度足を突っ込んじゃった。そこを言いたかったわけだな?
だからオペラでは椿の意味を削除した代わりに、『道を踏み外した女』っていうタイトルにしたんだろ
いや、このタイトルは、ちょっと酷だと思うよ? この時代、ヴィオレッタに他の生き方ができたとは思えないし……
オペラ化の際、台本作者は主人公の名前をヴィオレッタ(すみれ)に変えたんでしょ? いかにも清純派って感じだよね。
だったらタイトルも『すみれ姫』にしちゃえば良かったのに
『道を踏み外した女』のタイトルも、ヴィオレッタに深く共感するからこそじゃないのかな? よく言われることだけど、地位のある男性が外に愛人を囲ってもほとんど責められることはないのに、愛人になった側の女性は世間からさんざん叩かれる。ヴェルディと台本作家のピア―ヴェはそんな世の中の方がおかしいと感じて、あえてこのタイトルで問題を突きつけたのでは?
それとアルフレードと再会を約す際に手渡すのは、すみれより椿の方が見映えがするよね? だから台本に椿の花を残したのかも。
日本語訳では、文学的に美しいから『椿姫』を採用したのかな、という気がするよ
ヴェルディは、この小説を読んでオペラにしようと思い立ったの?
小説の方も読んでいたかもしれないんだけど、直接のきっかけは戯曲の方、つまり演劇版『椿姫』を鑑賞したから。小デュマは小説がヒットしたから、それを自分で戯曲化していたの。
ヴェルディはパリに旅行に来ていて、その舞台を見たんだね。
というわけで、次回はヴェルディの話に行ってみましょう!
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