第81話 大団円の最終景

文字数 2,372文字

最終景
松明を持った人々を引き連れ、伯爵が戻って来ます。

伯爵は激高し、何とも不穏な空気……。

皆の者、武器を取れ、武器を!

夫人に手を出した者は、絶対に許さないつもりなのです。

そんな心情を写し取ったかのように、オーケストラは軍隊行進曲のように勇ましい音楽を奏でます。


だけど感情的になっているのは伯爵だけ。

他の人は無理やり連れて来られて、何が何だか、という感じです。

どうなさったので? お殿様
どうなすったね?
松明があるので、ここで舞台の一部に「光」が生まれました。

つまりそこだけ、登場人物がはっきり見える仕掛けです。


伯爵は館の暗がりに手を入れます。

最初に光の中へ引っ張り出したのはフィガロでした。

あ〜、お許しを〜
極悪人め!

まったく、こんな所に隠れて、私の妻と嫌らしいことをするとは……

フィガロを座らせ、伯爵は彼を人前に晒します。そして今度は、前置きのように叫ぶのです。
さあ皆の者、見るが良い。

この者が誰とおったのか。


これが私の名誉を傷つけ、貞節を穢した者だ!

再び暗がりに手を入れ、伯爵はそこにいた人物を引っ張り出します。

フィガロと「嫌らしいこと」をしていたのは誰でしょう?

わ〜!
あ、あれ…?
小姓をその辺に放り出すと、伯爵はもう一度手を突っ込みます。
キャハハ、いや〜ん
な、なんだ、これは
さらにもう一度。
ホホホ、あれえ!
……
気を取り直し、伯爵はもう一度チャレンジします。

すると今度こそ……

あれ〜!
伯爵夫人の姿を見て、人々は息を呑みます。

でも何かおかしい……

それみろ、企みは暴かれた。下男風情と浮気をした、不実な女がここにおる!

(かなり苦しいけど、そういうことにしちゃう)

お許しを! お許しを!
いいや、許さん!
お許しを! お許しを!
許すわけがなかろう!
その場に集合した人々は、全員が伯爵に向かってひざまずきます。

繰り返されるごとに、音楽はどんどんクレッシェンドしていきます。

お許しを! お許しを!
いいや!
お許しを! お許しを!
いやいやいやいや!
音楽が最高潮に達した、その時。

もう一つの館から、一人の女が出てきます。

彼女は先ほどかぶっていた、スザンナの帽子を外し、堂々とした姿で人々の前に現れます。

許さない?

ではわたくしが、皆に代わってお許しを頂きとうございますわ

まさに青天の霹靂!

伯爵夫人は皆と同じようにひざまずこうとしますが、伯爵はそれをさせません。
だってそこにいるのは、どう見ても自分の妻ではありませんか。

さっき口説いたのが誰だったのか、伯爵にも分かりました。もう言い逃れはできません。

私は何を見ているのだ?

これは幻か? 信じられない

彼は、ここでようやく理解するのです。


自分には君主にふさわしい寛容さがなかったこと。

神様の前で誓った愛を踏みにじっているのは、他ならぬ自分だということ。

これまで見下していた人々に、とっくに見抜かれていたのです。


伯爵は参ったとばかり、夫人にひざまずいて懇願します。

伯爵夫人よ、そなたに乞おう。

どうか、許しを

これまで権力のヒエラルキーの頂点にいた伯爵。

だけど、とうとう負けを認めました。これは身分や性別による上下関係の、根こそぎの転換です。


夫人はさんざん苦しめられてきたうちの一人。夫を許せないと思っても不思議ではありません。

でも反省し、覚悟を決めたその人を見て、彼女はニッコリ笑うのです。

わたくしは柔順ですわ。

許します

勝手に人を疑い、殺すの何のと息巻いていたのは伯爵自身。

だからこそ、この謝罪は命がけの覚悟を要しましたが、ここで夫人の優しさに救われました!

よ、良かった。これで心が満たされるというもの
みんながほっとして歌います。

伯爵夫人を中心としたこの「許し」の歌。「宗教的」とも評される、崇高かつ最高に美しい合唱曲で、この物語は締めくくられます。

優しくあること、人を許せることの素晴らしさを感じさせるシーンです。

みんなが仲直りしたところで、一同は陽気に歌い出します。
今日のこの苦悩の日。

途方も無い、おかしな日

満足と喜びのうちに、愛いっぱいで終わらせることができる
花嫁よ、花婿よ、友人たちよ

踊りへ、楽しみへ、喜びの火をつけよ!

陽気な行進曲にのって、

皆でお祝いに駆け付けよう!

好色で身勝手だった伯爵が一気に改心した……となると、言葉だけではにわかに信じがたいかもしれません。でも、ここに説得力を与えているのが壮大な音楽です。

花火が打ち上げられ、祝祭的な雰囲気の中でこのオペラは終わります。


最後はまた二期会さんの動画より(第4幕全体の動画です)。

28.30付近~が今回の内容です。


う~ん、なるほど!

伯爵がゴメンナサイして、ようやくハッピーエンドだね。

それをちゃんと音楽で表現しているところが、モーツァルトのすごさなのかも

音楽の中で、すでにたくさんの「革命」が起こってたな
その通り!

モーツァルト達はまさに革命前夜を生きていて、何か大きな転換が起こりそうだと感じていたんだろうね。そこを音楽で描き出すことに成功したのが「フィガロ」というわけです

お堅い政治の話じゃなくて、あえてただのラブコメにしたんだね

そこが、今でも愛されている理由かも。

日本でも毎年どこかで上演されていて、本場ヨーロッパに負けないほどの人気なんだよ

いや、しかし「フィガロ」の解説は長くかかったな
ほんとに……

最後までお付き合い頂き、まことにありがとうございました(作者より)。

これにて『フィガロの結婚』も終わりだね。

オペラ紹介、第一弾はここまで、なんだって?

そうで~す。

いつの日か「シーズン2」を開催しますので、その時にまたお会いしましょう。

シーズン2は、また19世紀オペラにする予定です(作者より)。
皆さま、しばしのお別れなのだ
バイバ~イ
あ、ちょっと待って。その前に。

モーツァルトの他のオペラについて、おまけ記事があります。

あともう2回ほど、お付き合い下さいませ~

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