第22話 お次は悲しい愛の物語

文字数 2,705文字

ええっ
サバ君、それほんと?
マジ、マジ~。

うちの母ちゃんが、チケット三枚くれたんだってば。

アマチュア声楽家の、サバ君のお母さん。

お母さんは何か月も前からプロのオペラ公演のチケットを取っていました。だけど一緒に行くご友人ともども都合が悪くなってしまい……

何とこの三人に譲ってくれるというのです。

いや、でも、タダで頂いちゃうわけには

いかないよね……。

それなりのお値段がするものだし

へーき。へーき。一番安い席だし。

その代わり、しっかり見てこいってさ

先日、サバ君のお母さんが出演したオペラ『カルメン』。

この三人が大変感激した旨を伝えたので気を良くし、どうやら今回は大盤振る舞いをしてくれた、ということのようです。

(チケットとチラシを見ながら)

う~んと、〇月×日、日曜日、午後2時から。

会場は、あの有名なノベデイ芸術劇場だって!

ノベデイ芸術劇場は開館から半世紀以上の、歴史ある音楽の殿堂。

音響の良さでも知られ、オーケストラピットもある本格的なホールです。

ひゃー。前回のオンボロ会場から大進歩だね。

何着て行こうかなー

えっ

着ていく物に注意しなくちゃいけないの?

いやいや、基本的にはカジュアル過ぎる服装を避ける程度で大丈夫だよ(※日本国内の劇場・S席以外・初日公演以外の場合)。

昔オペラの世界には、お客さんの方も「見られる」という前提があったんだ。だから今でも服装を気にする人が多いけど、無理をする必要は全然ありません

じゃあ、ウサギさんの分も。はい、チケット
ありがとう……って、ん?


『椿姫』だって!?

今度は何?
悲劇なんだよ……。これ以上はないほど、切ない物語なんだ。

ラストで、ヒロインが死んじゃうの……。

そういうの、クッキーちゃんはともかく、サバ君は大丈夫かな?

(お涙頂戴は苦手って言ってたし)

いや、オレだって悲劇ぐらいわかるよ?


『カルメン』だってそうだったじゃん?

ラストでヒロインがぐさっとやられて、音楽が派手に

ジャジャーンと流れて終わり、みたいな。

いや~、『椿姫』はぜんっぜん違うんだ(力説)!


ヒロインのヴィオレッタは病死するんだもん。

いやその前に、愛し合う恋人同士が引き裂かれるんだよ?

号泣必至だから、ハンカチ二枚持って行くレベル。

やべえ。確かにオレそういうの、苦手かも

でしょ~?

でも『カルメン』の面白さが分かったのなら、『椿姫』もいけるかもね。

うん、しゃべっているうちに、そんな気がしてきた

サバ君が泣くって、それこそシュールだね
なんかオレ、泣くことを期待されてる?

プレッシャーだな……

ではでは。

せっかくの機会なので、観劇の前にDVDで予習しておこう!

『カルメン』の時はぶっつけ本番だったけど、

ある程度、内容を分かっていた方が当日楽しめるもんね

というわけで、三人は『椿姫』DVDを入手して一緒に

見ることにしました。

ふ~む。作曲はジュゼッペ・ヴェルディ。

今度はイタリア語なんだな

そう。イタリア・オペラだね。

本当は『ラ・トラヴィアータ(道を踏み外した女)』というタイトルなんだけど、日本語訳では『椿姫』と表記されることが多いの。

椿姫というタイトルは、原作小説の方に基づいてるんだ

「姫」っていうからには、お姫様の話なんだろ?

白雪姫とか、おやゆび姫とか……

あ、でも悲しい話だっつーことだから人魚姫かな

いや、それがねえ……

姫は姫でも、裏社会のお姫様なんだよ。

ヴィオレッタはクルチザンヌ(高級娼婦)なの。貴族相手のね。

アウトローな人たちは、『カルメン』にも登場したよね。

雰囲気的には、似ているんじゃないの?

全然似てないよー。

『椿姫』はパリの上流階級のお話だから、とにかく着飾った紳士淑女がいっぱい出てくるの。

庶民のお話だった『カルメン』よりも、見た目的には豪華だよ

『カルメン』よりも古いオペラなの?
成立年代でいえば、20年ぐらいさかのぼるよ。

でも19世紀半ばといえば、オペラの全盛期! 最も華やかなりし頃の演目だね

ヴェルディは「オペラ王」と呼ばれるほど、多くの名作を残した人です。

『椿姫』は、ヴェルディ中期の傑作。

悲劇ではありますが、音楽には華やかで力強いヴェルディらしさがいっぱいです。

というわけで、次回から『椿姫』のお話に入りまーす。

今回の主要キャラは三人。

他にも登場人物はいるけど、まずはこの三人を押さえておけば大丈夫です。

それぞれ自己紹介してもらいましょう!

私はヴィオレッタ・ヴァレリー。ソプラノです。

パリの華やかな暮らしと、椿の花が大好きですの。ほとんど毎日観劇に出かけるし、どこかのパーティーには必ず顔を出します。自分でも今度、主催しますのよ。


私のサロンは紹介制です。パーティーには招待状持参か、あるいはどなたか貴族の方と一緒にいらして下さいね。

パトロンの人数? ふふっ、それは内緒ですわ。でも今、一番貢いで下さってるのはドゥフォール男爵かしら。


コホッコホッ(咳)……失礼。

いいえ、心配いりませんわ。すぐに良くなりますから。

僕はアルフレード・ジェルモンといいます。テノールです。


田舎者ですが、詩を書くのが大好きです。パリには美しいものがたくさんありますね。

それで、もう一年も前になるでしょうか。あの人のことをお見かけしてから、忘れられなくなってしまって……。もちろんヴィオレッタさんに声を掛ける勇気なんてありません。遠巻きに見ているだけでいいんです。

ただ最近は彼女の体調が悪いそうなので、心配のあまり友人のガストーネについ様子を聞いてしまいます。みんなに笑われているのは知ってますけど、気にしませんよ。僕は本気だし、これは真面目な話ですから。

私はジョルジュ・ジェルモン。アルフレードの父親。バリトンです。


ジェルモン家は南仏プロヴァンス地方の名家です。

パリに出て行ったまま、ろくに連絡も寄越さない息子が心配でたまりません。まったく仕送りをしてやっているのに……。大事な息子が都会の悪い空気に染まらぬことを願うばかり。

親の立場を経験した方なら、この気持ちをお分かり頂けますよね?

そんな息子と違い、地元に残っている娘の方は順調ですよ。ありがたいことに、最近またとない縁談が舞い込みましてね。娘の将来のためにも、これはぜひとも進めたい話です。

ふう……。


キャラの雰囲気に合ったアイコンを選ぶのって難しいですね。ヴィオレッタにはもっと「お姫様」系の顔を当てるつもりでしたが、聡明さや瞳の輝きがないとヴィオレッタらしくないと考え、これにしました。

アルフレードの顔色が悪いのもちょっと謎……。これは健康的に日焼けしているイメージでお願いします(笑)。

ツッコミどころは多々あるでしょうが、やっぱり性格を表す方が優先ってことで、お許し下さいね

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