第45話 馬鹿げた一日?

文字数 2,928文字

さてさて。『フィガロの結婚』にも、原作があるんだ。

フランスの劇作家ボーマルシェが書いた戯曲で、タイトルは『馬鹿げた一日、またはフィガロの結婚』っていうの

え、馬鹿げた一日?
そう。この物語は、たった一日の間に起こったドタバタ劇なんだ。

ボーマルシェの戯曲は三部作で、どれも痛烈な貴族批判でヒットしていたの

戯曲の一作目は『セビリアの理髪師 あるいは無駄な用心』といい、後年ロッシーニがオペラ化しています。

『馬鹿げた一日~』は二作目。三作目は『罪ある母 もう一人のタルチェフ』という作品です。モーツァルトは真ん中の物語からオペラ化したというわけですね。


また『フィガロの結婚』台本作家のダ・ポンテは、モーツァルトの他のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』、『コジ・ファン・トゥッテ』の台本も手掛けています。

ちなみにダ・ポンテはヴェネツィア出身。

あの有名な色事師カサノヴァ(自伝によれば、関係した女性の数は1000人!)とは友達だったそうです。カサノヴァはモーツァルトの別のオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の台本制作にも参加してるよ

1000人って……まじか。カサノヴァ
1000人っていう数字はどこまで信用していいのやら(笑)。

でも時代がそういう雰囲気だったのなら、このオペラがおふざけとお色気だらけでも納得、かな

しかし「フィガロ」は、貴族批判なのかあ……

当時そういう作品を発表して、危険じゃなかったの?

そうだよ。フランス革命より前の話でしょ?

貴族批判のオペラが、よく上演できたねえ

もちろん平坦な道じゃなかったよ!


『フィガロの結婚』がウィーンで上演できたのは、ダ・ポンテとモーツァルトが皇帝ヨーゼフ二世(マリー・アントワネットの兄)をうまく説得したからだと言われてるの。

だけどやっぱり問題視されて、まもなく打ち切りにされてしまったんだ

その後、オペラが大成功をおさめたのはチェコ(当時はオーストリア領ボヘミア)のプラハ。

だからモーツァルトは、プラハが大好きだったそうです。

モーツァルトはなかなかの批判精神の持ち主。

ザルツブルグ大司教の元を追われたとき、父親のレオパルドの元へこんな手紙を送ったんだって

人間を高潔にするのは心情です。僕は伯爵ではないけれど、そこらの伯爵よりよほど名誉心を持ち合わせています。下男だろうが伯爵だろうが、僕を侮辱する奴は犬畜生です。
うーん、こういうことをズバズバ言えるかは、性格にもよるね
そう、この反骨精神がオペラにも表れてるんだ。

だけど深刻にならず、あくまで笑いを取りながら、というのがモーツァルトらしいところだね

そしてこの作品は、喜劇のオペラ・ブッファ様式で書かれているの。

古くから受け継がれてきた正歌劇(オペラ・セリア)への反動です。市民が親しみやすい喜劇に仕立てることが、モーツァルトの理想だったのかも

オペラ・ブッファとは……

主に喜劇。同時代の市民が登場、身近な題材を扱う。


オペラ・セリアとは……

王侯貴族のために作られた伝統的なオペラ。主に古代の神話や英雄が登場。

しばしばカストラート(去勢された男性高音歌手)を用いる。豪華絢爛で浪費体質。


※どちらもイタリア・オペラの用語です。

※この「脱神話化」の動きは、同時代の文学や演劇でも起こっていました。

バロック時代(≒絶対王政の時代)のオペラ・セリアでは、最後は神様みたいな人が現れて、登場人物を助けてくれるのがお約束なの。

物語は大団円となり、「王様バンザイ!」という感じで終わるんだ。聴衆は舞台の歌手や演奏家よりも、貴賓席にいる王様に拍手を送ったそうです。


モーツァルトはそういうの、絶対にやりたくなかったんだろうね

あ、何かその気持ちは分かる〜
そう。だから『フィガロの結婚』は、人間だけで問題を解決するんだよ。神様や古代の英雄は出てきません
……あのさ、いつまで前置きが続くの?

そうだね、そろそろ始めましょうか。


主要登場人物のみなさ〜ん。

お待たせしました。出てきて自己紹介して下さ〜い

5名の人物が、やんやと入ってきます。
やっと呼ばれた。この私をいつまで待たせるのだ。

無礼であろう、ここの作者め!

あなた、お待ちになって。

わたくしども、主人公ではないんですから!

最初の男は妻に何か言われ、しぶしぶ引き下がりました。

代わって「すいませ〜ん」と頭をカキカキ出てきたのが、主人公です!

えへっ、すいません(笑)。僕がタイトルロールのフィガロです。元は町の理髪師だけど、今は出世して伯爵様の家来をやってるんだ。というのも、伯爵ご夫妻をくっつけるという「偉業」をやってのけたのは、この僕だからね!


お城にやってきたら、何と召使いの中で一番のかわい子ちゃん、スザンナが彼女になってくれてさ。

今度は僕が幸せになる番さ。結婚式はもうすぐ。楽しみだな〜

(バス)

私はスザンナ。伯爵夫人の小間使いよ。

仕事熱心で真面目なフィガロだけど、私の色気には勝てなかったようね。ちょっとすり寄っただけで、彼はあっさり陥落したわ!

でもフィガロってば、あんまり気が利かないの。私が目で助けを求めても、ぜーんぜん気付いてくれないんだもん。

私、この人について行って大丈夫かしら。もっとしっかりしてよ、フィガロ!

(ソプラノ)

えへん(咳払い)

私はアルマヴィーヴァ伯爵。この城の主である。

君主たるもの、人物高尚、清廉潔白でなければならぬ。エッチなことなど、つゆほども考えぬぞよ。かわいい召使いに手をつけるとか、そんなことは、あるわけがなかろう……


……いやいや、私は領主様だぞ。特別なんだぞ。いいじゃん、ちょっとぐらい。

しかも見てくれ、このダンディーな佇まい。私はもっとモテてもいいはずだよなあ?

(バリトン)

わたくしは伯爵夫人のロジーナ。伯爵との熱烈な恋の末、フィガロのおかげで結婚できたのはついこの間のこと。

それなのに……

男の人って浮気性なのかしら。もう夫の愛はここにない。しかも彼は、わたくしのお気に入りの小間使いスザンナを、嫌らしい目でジロジロと見るの。

悲しいわ……シクシク

(ソプラノ)

ええっと、僕、小姓のケルビーノといいます。思春期真っ只中です。女の人を見ると、すごくドキドキして、みんな好きになっちゃうんだ。

伯爵夫人はきれいな大人の女性って感じだし、スザンナも色っぽいお姉ちゃんだし、もう興奮しまくりさ。

でも彼女たちにまとわりついてるから、伯爵には怒られてばかりだよ。

そしてついに、「お前はクビだ」って言われちゃった。どうしよう……

(メゾソプラノ)

……この時点でツッコミどころ満載なんだが
おかしな人たちだね~。

デモーニッシュな伯爵が、早くも主人公のフィガロより目立ってるよ?

※実質的な主人公は、スザンナと伯爵夫妻だという見方もあります。
モーツァルトはこの五人のキャラクターを、音楽で描き分けてるの。それぞれに与えられた曲というのが出てくるので、そこに耳を傾けてみて下さい!
五人目に出てきた少年ケルビーノのところに「メゾソプラノ」とありますが、つまり女性が歌うんですよ~(これを「ズボン役」といいます)。

この子のかわいらしさにも、ご注目下さい!

参考:許光俊『オペラ入門』講談社現代新書

   岡田暁生『オペラの運命 19世紀を魅了した「一夜の夢」』中公新書 ほか

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