第63話 「開けて! 早く開けて!」

文字数 1,593文字

第2幕 第4景
伯爵夫妻が出ていった直後。

隠れていたスザンナが飛び出してきて、衣裳部屋の扉を叩きます。

ここから小二重唱「開けて! 早く開けて!」という曲です。
開けて。早く開けて!

スザンナよ!

混乱したケルビーノがフラフラと出てきます。
何て恐ろしい運命!

もうおしまいだ……

直ちにこの部屋を出て行って!

ぐずぐずしないで

二人はあちこちの扉を確認しますが、すべて出られないようになっています。
そんな……!

どのドアにも鍵がかかってる

モタモタしている場合じゃない。

僕、見つかったら殺される!

あなたは、見つかったら殺される!
ふと見ると、そこには庭に面した窓があります。

外をのぞくケルビーノ。飛び下りることはできると判断したようです。


スザンナは、ぎょっとして止めに入ります。

やめて、ケルビーノ。お願い!
スザンナは懸命に引き留めますが、ケルビーノは聞きません。
せいぜい植木鉢の一つか二つが壊れる程度だ。

それより悪いことにはならない

やめて、本当に!

高すぎるわ

奥方様に迷惑をかけてしまうぐらいなら、僕は火の中に飛び込むんだ!

さよなら、スザンナ!

やめて。死んじゃうわ!
ケルビーノはスザンナの手を振りほどき、窓の外へ飛び下ります!
キャー!!

スザンナは両手で顔を覆いますが、やがて恐る恐るバルコニーの外を見ます。


こちらの心配をよそに、ケルビーノが無事に逃げて行くのが見えるではありませんか。

まあ、あの小悪魔ったらすばやいこと。

もう1マイルも先だわ。


さあボヤっとしていられない。あたしはここで威張り屋さんを待ちましょう

スザンナはすかさず衣裳部屋に入り、鍵をかけます。
スザンナとケルビーノのドタバタ。

早口言葉のような歌詞が、二人の焦りを感じさせます。

スザンナを演じているのは、スロバキア出身のルチア・ポップさん。70~80年代にかけてドイツ・オペラの代表と言われたソプラノ歌手です。

どのぐらいの高さだったんだ? その窓
無事だったということは、2階ぐらいかな。

ケルビーノが身軽な少年で良かったね

良い子は真似しないでね!

普通は怪我をしてしまいます(笑)

第2幕 第5景
何も知らない伯爵夫妻が、部屋に戻ってきます。


伯爵は金づちと釘抜きを手にしており、戻ってくるなり全てのドアを調べます。

よろしい。何も変わってないな。

さて、そなたは自分でこじ開けたいと思うかな?

それとも私がやろうか……

そんな……おやめ下さい。

少し、わたくしの話をお聞きくださいませ。

わたくしが不実な女に見えますか?

さあどうかな。

衣裳部屋に誰がいるのか知りたいだけだ

ご覧になればよろしいわ。

でも、心静かにして頂きたいのです

中にいるのは、スザンナではないのだな?
ええ……スザンナではありません。

でも、疑われるようなことは何もないのです。他愛もない悪戯を計画して、そのために動いていただけなのですから。

わたくし、お誓い申し上げます。貞節や慎みは、決して……

じゃあ誰なのだ。申せ!

そやつを殺してやる!

聞いて……ああ言えない……
言うのだ!
さんざん脅され、伯爵夫人は中にいるのが男の子であることを白状してしまいます。

そしてケルビーノの名前まで口走ってしまうのです。

だけどこれは、すべて伯爵の予想通り。

(独白)

ケルビーノ……。

私はいたるところであの小姓と出くわすような運命なのか……?

しかしあのガキ、まだ出発していなかったのか。

これで込み入った状況も、あの妙な手紙も、説明がつくというものだ

怒り狂ってるねえ、この伯爵。

一方的に決めつけて、人の話を聞かないオヤジの典型って感じ

中にはスザンナがいるんだよな?

これだけ人を叩いておいて、自分に跳ね返ってきたらどうするんだろ、こいつは

そう、自分に跳ね返ってくる!

まさにこのオペラのテーマがそこにあるの。モーツァルトは「あんまり人を叩いちゃいけないよ」って言いたかったのかもしれないね

19世紀の版画「伯爵夫人の窓から飛び降りるケルビーノ」
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