第31話 「プロヴァンスの海と大地」

文字数 1,960文字

パリから戻ってきたアルフレード。

泣きながら書き物をしているヴィオレッタを見て、不思議に思います。

何してるの?
何も……

(手紙を隠す)

ちょっと気になることがあって……


実は、父がこっちに出て来ているようなんだ。君を紹介しなくちゃ

私は席を外しているわ
大丈夫、君に会えばきっと気に入るよ。

……どうして泣いているんだ?

大丈夫よ。もう止まったわ。

……

ね、私、笑ってるでしょ?

ヴィオレッタの不自然な様子を、アルフレードは怪訝な表情で見つめます。


泣き笑いをしながら、両手を広げ、あとずさりをするヴィオレッタ。

ジェルモンから何を命じられたのか、言うわけにはいきません。この上ない苦しみです。


やがて彼女は、力の限り叫びます。

私を愛して、アルフレード!

私と同じぐらいに……!

ヴィオレッタは走り去ります。

様子が変だと思いながらも、黙って見送るアルフレード。

まさかこれが別れの時だとは、知る由もありません。

この「私を愛して、アルフレード!」のセリフ。

旋律に前奏曲の一部が使われています。

『椿姫』の中で、聴衆が最も心を痛める瞬間かもしれません。

……もう遅い。

父は、今日はもう来るまい

呑気に構えているアルフレードの元へ、ジュゼッペがやってきて報告します。
奥様はパリへ出かけました。

アンニーナも……

承知している。

財産の処分だろ? 大丈夫、アンニーナが止めてくれるさ

さらに使いの者がやってきて、手紙が届けられます。
馬車に乗った貴婦人から、手紙を渡すよう頼まれました
お礼を言って受け取るアルフレード。

出かけたはずの、ヴィオレッタからの手紙です。


そのとき初めて、彼は胸騒ぎを覚えます。嫌な予感がするのです。

いや、勇気を出して読まなければ……
震える手をどうにか抑え、手紙を開いたアルフレード。

そして、衝撃を受けます。そこにはかつての生活に戻るから、あなたとは別れるというヴィオレッタの言葉が書き連ねてあったのです。

……ど、どうしてそんな……!
アルフレードは慌てふためき、とっさに出て行こうとします。

しかし入口には、戻ってきたジェルモンがいました。

目を見開き、父親を見つめるアルフレード。

倅よ、つらかろうが……


名誉と誇りを取り戻すんだ

何が起こったのか、おおよそ理解するアルフレード。

呆然としながら首を振ります。

彼女は、僕への愛のためだけに生きているんだ。

どうしてこんなことを……!

ショックを受けてしまった息子を、何とか落ち着かせようとするジェルモン。


ここでジェルモンによって歌われるのが、「プロヴァンスの海と大地」という曲。

美しい故郷を思い出させる内容で、バリトンの歌の中でも、名曲中の名曲とされています。コンサートでもよく歌われる曲です。

あのプロヴァンスの海と大地

誰がお前の心から消し去った?

あの懐かしい太陽 輝かしい太陽

いかなる運命が、お前の心から消し去った?

思い出すがいい。懐かしい日々

神のお導きなのだ、私がここへ来たのは

お前には分かるまい、老いた父のこの苦悩

え、ちょっと待って~!

私、この曲を知ってたんだけど、ほのぼのとした、郷愁を誘う歌だと思ってた。

まさか、こんなシチュエーションで歌われるものだったなんて……!

そうだよね。

今回は歌の説教臭さを知ってショックだったかもしれないけど、「こんな場面の、こういうセリフだったんだ!」という発見は、オペラを鑑賞する醍醐味でもあるよ

しかし今のアルフレードには、どんなに美しい歌も、どんなに懐かしい思い出も、受け入れる余裕はありません。
胸をかきむしられるようだ……!
今、お前に苦言を申しても、耳に入らんだろう。

過去は忘れよう。すべて許す

しかし、これ以上家族を苦しめるのはおやめ。

父と妹を、早く安心させておくれ

この説得の最中に、アルフレードはあるものを見つけます。

それは置きっぱなしになっていた、フローラのパーティーの招待状。


絶望の中にあるアルフレードは、思わずかっとなってしまうのです。

ヴィオレッタは、あのいかがわしい夜会にまた行くんだ!

ヴィオレッタは、派手で享楽的な生活が恋しくなってしまった。だから自分と別れようとしているんだ。

アルフレードはそのように思い込みます。


ジェルモンは息子が誤解してしまったことを察しますが、うまく訂正することができません。
この恥辱、はらしに行くぞ!
待ちなさい!
父親の制止を振り切り、アルフレードは乱暴に足を踏み鳴らして出て行きます。

ジェルモンは後を追いかけますが、怒り狂った息子にはとても追いつけません……。

アルフレードは、ちょっと短絡的じゃね~?

普通はヴィオレッタが父親の命令でそうしたって、気づきそうなもんだよな

アルフレードは、直情的で頭に血が上りやすいタイプかもね。


さて、ここで第二幕のうち、悲しみに包まれた第一場が終わります。

次回は第二場となり、ガラっと雰囲気が変わりますよ~

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