第69話 伯爵のアリア
文字数 2,439文字
今度は第3幕。
「フィガロ」はけっこう長い演目なんだね
これまでのお話をざっくりまとめると……
スザンナを好きになってしまったアルマヴィーヴァ伯爵と、彼に立ち向かうフィガロたち……という構図だったよね!
実はこの後の展開も、大まかには同じ描写が続くんだ。なので第3幕と第4幕についてはスピードアップしてご紹介させて頂きます
なるべく分かるような形で省略するってば(笑)!
今までと違ってくるところや、見どころシーンはちゃんとお伝えします。
そして聞きどころのアリアも! 動画はこれまで通り「これがベスト」と思われるものをチョイスしていきますので、ぜひご覧くださいね~
お城の立派な大広間。アルマヴィーヴァ伯爵の書斎を兼ねています。
伯爵は一人、考え込んでいます。
何やら訳のわからんことが、立て続けに起こっているな……
今日は一体何なんだ?
部屋の近くで、伯爵夫人とスザンナが様子を窺っています。
フィガロはマルチェッリーナと結婚させられそうですが、スザンナ達はまだ諦めたわけではありません。
例の計画に沿って、行動を続けているのです!
さあ、あの人を誘惑して、逢引の約束をしていらっしゃい
伯爵がどんな人であろうと、これは人を騙すということ。スザンナは良心がとがめてしまうのです。
でも迷っているうちに、伯爵が聞き捨てならぬことを言い出します。
スザンナは私の秘密を暴露してしまっただろうか?
もしそうだったら、本当にあの婆さんとフィガロをくっつけてやるぞ!
スザンナは、ようやく覚悟を決めました。
色気たっぷりのまなざしで、伯爵に近づいて行きます。
お殿様……♡
奥方様がいつものおのぼせで、気つけ薬をご所望です
この時代、「気つけ薬」は「媚薬」としても使われていたようです。ここにも性的なイメージが隠されています。
薬瓶を手渡す際、二人の手が触れます。
すかさず、伯爵はスザンナの手をぎゅっとつかみます。
そのように隙があるから、金もなくなる。
結婚直前に男を取られてしまうんだよ
いつもは逃げるスザンナですが、なぜか今日はまんざらでもない様子。
うふん、と身をくねらせます。
大丈夫ですわ。マルチェッリーナには、あたしが支払います。
お殿様から頂く持参金で
(ムカっ)
持参金は、約束したわけではないぞ。
あれは、そちが私の希望に従ってくれた時の話だ
お殿様の希望は私の希望。
何でも、仰せの通りに致しますわ♡
ジャジャーンと、オーケストラが劇的な音楽を奏でます。
ひどいぞ、スザンナ。こんなに焦らして。
私を好いてくれるなら、どうしてもっと早くそう言ってくれなかったんだ!
さっそく、二人はその日の夜に庭で逢引をする約束を取り交わします。
騙したスザンナは罪悪感でいっぱい……。
しかも興奮した伯爵に、抱きしめられてしまったではありませんか!
(キャー、やめてやめて!)
(……と、やっぱり顔を背ける)
どうにか誤魔化して、大広間を出るスザンナ。
すると、そこにいたのはフィガロでした!
うまく行ったと思ったスザンナは、さっそく報告してしまいます。
聞いて!
あたしたち、弁護士もつけずに訴訟に勝ったのよ!
二人は喜んでその場を去りますが……
何とこの言葉、同じように大広間を出ようとした伯爵に聞かれてしまったのです!
騙されたことに気づき、烈火のごとく怒る伯爵。
訴訟に勝っただと?
やっぱりスザンナの豹変ぶりは怪しいと思ったのだ。
どいつもこいつも、私を馬鹿にしやがって
アントニオを利用して、結婚を阻止してやろう。
あいつは素性の怪しいフィガロに、自分の姪を嫁がせるのを嫌がっているんだ
この私が苦しんでいるのに、召使いが幸せになっていいはずがなかろう
伯爵の怒りが爆発!!
ここで歌われるのは、いかにも主君にふさわしい、威厳に満ちたアリア。堂々たる風格から「音楽的肖像画」などと評されることもあり、他のキャラクターに与えられた曲とは明らかに一線を画しています。
なのに歌詞の内容ときたら……(笑)。
アメリカのバリトン、ロドニー・ギルフリーさんはスタイリッシュな歌い方で有名な方。力強い声はもちろんですが、怒りを露わにするこの演技が素晴らしいです。
最後は自分が勝つ、という確信へ。
貴族らしく、誇り高く歌い終えました!
つくづく、性根の腐った野郎だな。
この曲の立派さが、皮肉になってるぜ
身分の高い人が、人格者とは限らないよね。
当時はそれを指摘するだけで命がけだったと思うよ
だけど伯爵はスザンナと結婚するつもりじゃなくて、ただ愛人にしたいんでしょ? ここまで本気になるのも変な話だよ
確かに、伯爵の本音は醜いというか、間抜けだよね。
だけどスザンナに振り向いてもらえた時の喜び、それから裏切りに気づいた時の怒り。その一瞬において、彼自身にとってその感情は本物だったはず!
モーツァルトが彼に重厚な音楽を与えたのは、この人間臭い伯爵に共感していたからかもしれないよ
駄目な人を見ても、軽蔑するのではなく、「可愛い奴だな、お前」みたいな感覚だったのかもね
情けない伯爵のことを、当時の人々はそれぞれ自分の国の王様に当てはめて見ていただろうね。
ちなみにフランスのルイ16世は『フィガロの結婚』に対して烈火のごとく怒り(オペラではなく、ボーマルシェの原作に対してのようですが)、フランス国内で上演を禁じたんだよ。自分が馬鹿にされているのを、ひしひしと感じたんだろうね
その「現実を見なさ」加減が、数年後に自分が断頭台に送られる結果を招いたんだな
まさに!
ボーマルシェは「筆でフランス革命を起こした男」と呼ばれているんだ。
「フィガロ」を鑑賞する時は、そんな当時の民衆になり切って楽しむのもアリかもね
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)