第51話 「自分で自分がわからない」

文字数 1,435文字

いきなり新婚夫婦(?)の部屋に飛び込んできた、小姓のケルビーノ。

泣きながら、この少年はスザンナにすがり付いてきます。

昨日、僕とバルバリーナが二人きりでいるところを伯爵に見つかっちゃって。

それで僕、暇を出されちゃったんだ!

それで、お美しい伯爵夫人がお取り成しをして下さらなければ、

僕は出て行かなくちゃならない。

僕はもう君に会えないんだ。僕のスザンナ!

いつものことなのでしょう。スザンナは特に驚きもせず、むしろ歓迎する様子。
私に会えない、ですって? アハハ。ブラヴォー!
とはいえ、この少年が伯爵からあらぬ誤解を受け、クビになってしまう。その話が本当なら、ちょっと見過ごせない話です。
でもそれだと困るわね。

あなたは伯爵夫人に秘かに恋い焦がれているでしょう?

ちっとも秘かではないのですが……

我が意を得たり、とばかりにケルビーノはうなずきます。

どうやら伯爵夫人の話になると、自分が失業の危機にあるという切迫感はどこかへ行ってしまうようです。

だってあのお方はあまりに大人の女性で、威厳があるんだもの。


君は幸せだよなあ。いつでもあのお方に会えるなんて!

朝はドレスのお着付けをするし、

夜はお脱がせするし、

ピンやらレースやらをお留めするなんて……(うっとり、ため息)

何だ、こりゃ。ヘンタイ少年だな
伯爵夫人はそれほど美しい人なんだね。

でもこの子、スザンナのことも好きなの?

バルナリーナっていうのも、女性の名前だよね?

バルバリーナはスザンナの従妹に当たる女の子。同じようにお城の使用人で、後で出てきますよ。

またこの少年ケルビーノの名前ですが、智天使ケルビムから来ています。古い絵画では頭に直接羽根が生えた姿で表されることも多いですが、だいたい金髪の美少年のイメージなのだそう。

「ケルビーノ(ケルビム)のように美しい」という常套句もあるそうです

↑有名なこの天使の絵(※ラファエロの『システィーナの聖母』の一部)も智天使ケルビム。日本では某イタリアンファミレスの内装などで見かけますね!
ああ、君と代われたら……

ん? そこに何を持っているの?

(ケルビーノの口調を真似て)

ああ、綺麗なリボン。それから夜のお帽子さ!

あの、お美しい伯爵夫人の

(火が付いたように大興奮)

た、た、頼む! 僕にそれをちょうだい。

スザンナ姉さん、お願いだから!

言うや否や、ケルビーノはスザンナの手からリボンをひったくります。
何すんの! ちょっと、返しなさい!
スザンナはリボンを取り返そうとしますが、ケルビーノはちょろちょろと椅子の周りを回って逃げます。
イエーイ!!


ああ愛しい。ああ美しい。ああ幸運なリボン!

命と引き換えでなきゃ、返してやらないよ~

(チュッチュっとリボンにキス。フハフハと匂いを嗅いで大興奮)

スザンナは怒り狂って追いかけますが、捕まえられません。

そのうち疲れて止まってしまい、ケルビーノを怒鳴りつけます。

まったく。このお行儀の悪さはどうよ?
いいから、静かにして。

それでね、代わりに僕の唄(カンツォネッタ)を君にあげたいんだ

紙切れを差し出すケルビーノ。
これを私にどうしろと?
読んで差し上げて、奥方様に。

読んでみて、君自身で。

読んであげて。バルバリーナに。マルチェッリーナに。


(あまりにうれしくて、うっとり)

読んであげて。お城のあらゆるご婦人に!

可哀想なケルビーノ。

頭、おかしいのね?

ここで歌われるのが、ケルビーノのアリア「自分で自分が分からない」。

あらゆる女性に恋をしてしまう、思春期の少年の混乱ぶりを描いた歌です。

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