第29話 「神は私にお与え下さった」

文字数 1,801文字

アンニーナがテーブルの片付けをしていると、ヴィオレッタが入ってきます。
アルフレードは?
(ギクっとしつつも)

今しがた、パリへ発たれました。

日暮れ前には戻るそうです

……珍しいわね。妙だこと
(僕はジュゼッペ。アンニーナと同じく、ヴィオレッタの召使いです)

お手紙です

ありがと。この後にお客様が来るからよろしくね
ヴィオレッタは財産の処分をするので、その手続きのための客を迎える予定でいます。


ジュゼッペが持ってきた手紙を開くと、それはかつての娼婦仲間、フローラからのパーティーの招待状でした。

フローラったら、この隠れ家を見つけたわ!

でも私はもう、この手のパーティーには行かない。招待状なんて無駄なのにね。

招待状を傍らに置いた時、ジュゼッペがお客様を案内して入ってきます。


ところが。

それは、ヴィオレッタが待っていた相手ではありませんでした。

ヴァレリーさんですね?

アルフレードの父親です

ガタンと椅子から立ち上がるヴィオレッタ。
……あなた様が……!
そう、あのバカ息子の父親です。

あなたに惑わされ、破滅に向かう男の父親です。

あからさまな敵愾心。

ヴィオレッタの方も抵抗を覚えます。

婦人に対してあまりの仰りよう。

失礼させて頂きますわ。その方があなた様のためです

アルフレードの父、ジョルジュ・ジェルモンは部屋の中をぐるっと見渡します。
豪勢な暮らしをなさっているようですな。

うちの息子が、ずいぶんとあなたに貢いだんでしょう

とんだ勘違いです。

ヴィオレッタは、アルフレードからは一切のお金を受け取っていないと主張します。

そしてちょうど、財産を売り渡すための証書が手元にありました。これこそが証拠です。

他の方には内緒ですけど、あなた様にはお見せしましょう。

これが、私の全財産です!

叩きつけられた証書を見て、ジェルモンは驚きます。
何と、全財産を手放すおつもりか……!

だとしたら、あなた様の過去が悔やまれますな

私は悔い改め、人生をやり直すと決めたのです。

今は、あの人を本気で愛しています。だから神様は、私の過去を消して下さいました

ご立派なお心がけですな。

そこを見込んで、あなたに一つお願いが……

ヴィオレッタは慌てて手で制し、ジェルモンを黙らせます。
仰らないで下さい!

いつかこうなるものと思っていました。あまりに幸せでしたもの……

一応は、ヴィオレッタの誠意を理解したジェルモン。

それでも、この父親には言わねばならぬことがあったのです。

それは、アルフレードの妹に関することでした。

神は私にお与えくださった。

天使のように清らかな娘を

ジェルモンは愛する娘の肖像画を取り出し、ヴィオレッタに見せます。
アルフレードが家族の元へ戻らない限り

娘と相思相愛のあの青年は 縁談を破棄すると言ってきたのです。

どうか愛の薔薇を、茨に代えて下さいますな

ヴィオレッタは頭の良い女性。

自分が何を要求されているのか、すぐに理解します。

そこで相手の先手を打ち、打開策を提案しますが……

では、しばらくの間、アルフレードと離れていることにします。

私にとってはつらいことですが……

いいえ、それでは足りません
……!

これ以上、何をお望みですの?

十分に譲歩しましたのに。

まさか……

そうして頂きます
……ああ!
ジェルモンによって歌われる「神は私にお与えくださった」。

なぜ自分がここへ来なければならなかったか、その事情を切々と訴えますが、別れろという命令は今のヴィオレッタにとってあまりに残酷。彼女の心はズタズタになります。

憎まれ役のジェルモンですが、この人がいるからこそ、『椿姫』の物語に真実味が加わります。

ある意味、アルフレードよりも重要な登場人物ですね。

頑固な老人として描かれることも多いのですが、こちらの動画のジェルモンは、アメリカのバリトン、トーマス・ハンプソンさん。ジェルモン役をやるにはカッコ良過ぎ!?

こ……これはきつい話だな~

自分たちが別れないと、彼の妹を不幸にしちゃうってこと?

そんなあ~!

しかしこの親父……

まずは自分の息子に話すのが先だろうが!

ヴィオレッタの言い分も、ちょっとぐらい聞いてやってもいいんじゃね?

電話もメールもない時代、先にヴィオレッタに会っちゃったから、こうなったんだよね。

今だって格差の問題が取り沙汰されることがあるけど、身分に厳然たる差があった時代は余計に厳しかったんじゃないかな。


次回は、この厳しい現実に、ヴィオレッタが必死に抵抗するシーンとなります

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