第53話 「何たること。直ちに行け」

文字数 2,311文字

第1幕 第7景
伯爵とケルビーノがそれぞれに隠れた直後、音楽教師バジリオが入ってきてスザンナに挨拶をします。
どうも、スザンナ。

天が貴女を救いたまわんことを

……(忙しそうに洗濯物を畳む)
して、伯爵をお見かけしませんでしたかな?
伯爵が私に、何の用がおありだって言うんですの?

さ、早く出て行って下さいな

いや、聞きなさい。

フィガロが伯爵を探しているんですよ

バジリオは前から、スザンナに伯爵の愛人になるよう命令しています。伯爵に重用されているフィガロが憎いし、またスザンナが思惑通りに動いてくれれば、自分の覚えがめでたくなるというわけ。


それを踏まえて、スザンナの方も精一杯の嫌味返しをします。

まっ、驚くわ。フィガロが探している、ですって?(あなたがフィガロのために動くわけないでしょ!)


あなたの次に、自分を憎んでいるお方を?(あなたが言うように、伯爵が本当に私を好きなら、伯爵はフィガロが嫌いなはずよね)

(椅子の後ろで、そっと独白)

バジリオの奴が、私に忠義を尽くしているか見てやろう……

いや、私はね。人の道として聞いたことありませんよ?

よその奥さんを好きになった人が、その夫を憎むなんてことはね(大人しく伯爵の愛人になった方が、むしろフィガロのためになりますよ)


で、伯爵はあなたを好いておられるわけだ……

出て行って下さい。人の不品行の、卑しい取り持ち役は!

スザンナはもう怒り心頭です。
私には必要ないんです。

あなたの言う人の道も。

伯爵の愛も

ええ、それで少しも悪いことはありませんよ?

だけどね。私は信じています。貴女が選ぶのは、気前よく慎重で、賢明な殿方だと。

それこそ、妙な小僧っ子よりも、小姓よりも……

(ちょっとドキっとする)

……ケルビーノよりも……?

そう、恋のケルビーノよりも、です。

あのガキは今朝もこの辺をうろついていましたな。ここへ入ろうとしていたんでしょう

伯爵が聞いているので、スザンナは激しく否定します。
腹黒い人!

作り話よ、そんなのは

貴女は、賢い人間を腹黒いと仰るのですか?

じゃあお聞きしますけどね。この唄(カンツォネッタ)は何なんです?

いつのまにか落としていた、ケルビーノの紙。

バジリオは目ざとく拾い上げていました!

内緒で私に話しなさい。

私は味方ですよ? 誰にも言いません。

これは貴女に、かな? それとも奥方様にかな?

(かなり動揺しながら独白)

……いったい誰が、ケルビーノの惚れっぽさをしゃべったの?

それはそうと貴女、あの少年をもっと厳しくしつけなさい。

あの子は伯爵夫人のことを、食卓でしばしば、それも無遠慮に見つめているのですぞ!


これを伯爵がお気づきになったら……

どんな恐ろしいことになるか、お分かりですよね? 伯爵はまるで獣のようなお方なのですぞ

(きゃー、伯爵が聞いているのに!)

何てひどい人なの。

あなたはなぜいつもそうやって、嘘をついて回るんです?

私が嘘をついている、ですって!

何たる誤解。私は皆が言っていることに、毛一本付け加えてはいませんよ。

(と言って、自分の髪の毛をピヨ~ンと引っ張る)

黙っていられなくなった伯爵が、突然椅子の後ろから立ち上がります。
うりゃ~(怒)!!!


皆が何を申しておるのだ、バジリオ!

こ、これは、お殿様~!

(何と伯爵とスザンナはラブシーンの最中だったのか。私としたことが、お二人を邪魔してしまうとは!)

完全に誤解しているバジリオ。

一方で伯爵は、奥方の浮気については許しがたいと思っています(自分のことは棚に上げて)。ケルビーノの態度を知ったら、さらに厳しく対処することでしょう。


スザンナはあらぬ誤解を受けた上、ケルビーノが心配で泣き出しそうです。

神様、助けて~(涙)!

ここから三重唱「何たること。直ちに行け」が始まります。
バジリオ!

何たることだ。直ちに行け。

女たらしケルビーノを追い出してしまえ!

(卑屈に笑いながら)

悪い時に来ました。

お許しを、ああ、お殿様

何てひどいこと!

惨めなあたし。苦しくて胸が詰まるわ

スザンナは気絶しかけ、伯爵とバジリオは彼女を支えます。
可哀想な娘。何と困った
心臓がドキドキしている
バジリオがスザンナの心臓の音を聞こうとしますが、伯爵は彼を突き飛ばし、今度は自分がスザンナの胸に触ります。

二人とも心配しているふりをして、スザンナの体に触りたいだけ!

静かにそっと。

この椅子の上へ!

そこはケルビーノが隠れている所!

しかし、すんでのところで、スザンナは意識を取り戻します。

あたし、どこにいるの?

キャー、何してるんですか! 何て失礼な。出て行って下さい

スザンナは慌てて二人から離れますが、二人の方はあっけらかんとしたもの。
我々、そなたを助けるためにここにおる。

心配いたすな。ああ、私の宝よ!

我々、貴女をお助けするためにここにいるんで。

貴女の名誉は大丈夫ですぞ

バジリオは伯爵の機嫌を取ろうと、ケルビーノの件が自分の憶測だったことを告げますが、その程度で怒りが解けるわけでもないようです。


もう決めたのだ。

あいつには、出て行ってもらう!

こちらはイスラエルの公演より。

バジリオはなぜかマッチョなランナー姿(しかもなぜかオネエ系)。ケルビーノが隠れる椅子の上に、つい座ってしまう演出も付け加えられています。

ケルビーノのカンツォネッタ(浮気の証拠写真も)は、スマホで見ているようです。スザンナは洗濯機、乾燥機の前で働きながら、必死にケルビーノと伯爵の双方をかばいます!

スザンナの腹痛の演技、ナイスタイミング
今回もちょっぴりエロ描写あり、でしたね(笑)
自分が窮地に立たされながらも、ケルビーノを守ろうとするスザンナ。健気ですね。

しかし彼女の努力もむなしく、この後に事態はさらに悪化するのです!

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