第19話 グラン・フィナール!

文字数 2,546文字

闘牛場の外で向き合う、ホセとカルメン。
あんたが来るって、忠告されたわ。

命が危ないとも言われたわ。

だけど、あたしは怖くない

カルメン……。

オレは脅しに来たんじゃない。ただ懇願しに来たんだ

過去のことは忘れよう。

オレたち、またやり直そう。

二人で遠くの国に行くんだ。そこで新しい人生を始めるんだ

無理な相談ね。

カルメンは嘘をつかないよ。

カルメンはぐらつかないよ

カルメン。まだ間に合う。

お前を助けたいんだ。オレも一緒に助かりたい

あたしたち、もう切れたのよ。

カルメンは嘘をつかない。もう終わったのよ

闘牛場の中から、大声援が響いてきます。

ぱっと顔を上げるカルメン。

……時間がないわ。早く行かなくちゃ
ホセはカルメンの様子から、すぐに事態を察します。
おい……まさかお前の新しい情夫とは、あの男か!
そうだよ(あっさり)。

あたしは彼を愛してるんだ。

早く行かせてよ

ふざけるな!

オレがこんな風になったのはお前のせいだ。

行かせないぞ

生きようと死のうと、あんたに服従するのは絶対に嫌!

言うことなんか聞かないよ。

この心はもうあんたのものじゃない

ホセはようやく、カルメンの心が動かないことを悟ります。

説得でどうにかなる話ではないのです。

今度は泣き落としにかかります。

じゃあ……もう愛してくれないのか。

オレはまだ愛してるのに

それが何だって言うの。

あたしはもう愛してない

ああ、カルメン。

お前が喜ぶなら、オレは山賊のままでいい。

お前のためなら何でもする。オレを捨てないでくれ!

二人はあんなに愛し合っていたじゃないか

カルメンは言うことなんか聞かない。

自由に生まれ、自由に死ぬのよ!

カルメンは空へ向かって叫び、しつこくしがみついてくるホセの手を乱暴に振りほどきます。

そこへまた、闘牛場の中から声がわあっと上がります。


牛が突き進むぞ!
遠くで勝鬨が上がる一方で、オーケストラは激しい不協和音を奏で始めます。
行かせないぞ。カルメン、オレに付いて来い。

これは命令だ

嫌だよ。

あたしはあの人を愛してるんだ。

何度でも言ってやる!

とうとう懐から短剣を取り出すホセ。
あいつの腕に抱かれて、オレをあざ笑う気か!

血にかけても行かせないぞ

嫌よ、ぜったい。

どうせ脅しでしょ。

本気ならさっさと殺しなさいよ! でなければ行かせて!

自由か、さもなくば死。

それがカルメンなのです。


再び、闘牛場の歓声が響いてきます。二人ははっと顔を上げます。ひときわ大きな声は、クライマックスの到来を告げているのです。

ホセが再び語りかけます。

……これが最後だ。

悪魔め、オレに付いて来い!

そのときカルメンは、あることに気づきます。

昔ホセが愛の証しとしてくれた指輪を、まだ身につけていたのです。

カルメンは忌まわしい物でも見たように、自分の指からそれを外します。

返すわ

カルメンに指輪を投げつけられ、ホセは逆上します。
こいつ!

ちきしょう!

ついにホセは、カルメンの腹部にナイフをグサッと突き立てます。


目を見開くカルメン。


ゆっくりと崩れ落ちていく二人の頭上で、人々の大合唱が響きます。
トレアドール 構えはいいか

トレアドール トレアドール

だが忘れるな 戦いながらも忘れるな

黒い瞳がお前を見ている

恋がお前を待っている

がっくりと膝を付くホセ。

涙を流す彼の心を代弁するかのように、オーケストラが震える音を奏でます。
オレを逮捕してくれ……

オレが殺したんだ……

カルメンの亡骸を抱きしめ、ホセはありったけの声で泣き叫びます。
ああ、カルメン……

オレの愛するカルメン……

恐怖の渦巻く、圧巻のフィナーレはこちら!

(カーテンコールを含みます)

こちらもカーテンコールの最中です。

拍手はするけれど、衝撃のあまり、しばし言葉が出てこないクッキーとサバの二人。

い……息もできないラストシーンだったよ……!

ああ〜、カルメン……

ううう……。

激し過ぎて、すぐには感想が出てこねえ……。


しかしこれ、ストーカー殺人と言ったって、かなり女の方が悪いパターンだよね?

ホセの肩を持ちたくなるな~

まさにそう!

二人の感想は、初演当時の観客の戸惑いに近いものがあります。


それまで「きれいごと」を描いたオペラに慣れ切っていた19世紀の人々。

この野蛮なドラマにどう反応したら良いのか分からなかったんでしょうね。

1874年の『カルメン』初演。

「あまりに不道徳だ」と、特に批評家からは厳しい意見が出、ビゼーはさんざん叩かれました。

元から体が弱かったビゼーですが、初演の三か月後に心不全で死亡。周囲の人は自殺かと思ったようです。


その後も長い間、ビゼーは『カルメン』の失敗により、失意のうちに死んだと言われてきましたが、今では興行的にもそこそこの成功を収めたことが分かっており、この説は否定されています。

ビゼーの死後、『カルメン』はウィーンで大成功を収め、世界中で愛されるようになっていきます。


哲学者ニーチェは自由を愛する『カルメン』に惚れ込み、20回も劇場に足を運んだとか。

またチャイコフスキーが『カルメン』に触発され、『エフゲニー・オネーギン』を作曲したのも有名なエピソードです。

カルメンは死んじゃったけど、ホセはこの後どうなるの?
気の毒だけど、この時代、やっぱり死刑だよね(占いの結果もそうだったし)。

原作小説では、考古学者(=作家)がある処刑された男の話を語るという、入れ子構造になっているよ

う~ん、すごかった!

150年も昔のお話とは思えないリアリティーだったね。


でもあの音楽があるからこそ、物語が際立つ気がしたよ

そうなの!

オペラはまず歌と音楽。そこが優れている演目こそ、名作とされるよ。

物語はもちろん、音楽との相乗効果を生んでいるけど、必ずしも最優先されるわけじゃないんだ。


『カルメン』は音楽だけじゃなく物語にも力があるけど、これはむしろ例外かも。

実はオペラの物語には不完全なものの方が多いんだ(その話は追々ね)

ところでオレさあ~……
サバ君は何と、某小説投稿サイトの利用者だそうです。
新作を思いついちゃったんだよ。

「エスカミーリョとミカエラがくっついちゃう、まさかの大展開! びっくりカルメン第Ⅱ部」っていうんだけど。


どう? いいアイデアだと思わない?

……

……じゃ、帰ろっかー
うん。帰ろう、帰ろう
ちょっと~

無視すんなよ、二人とも~……

『カルメン』の章、完結。
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