第16話 また会うぜ

文字数 1,650文字

レメンダードに首根をつかまれ、引きずるように連れて来られた人物がいます。


それは、金髪に青いスカートの娘。

人々は驚いて見つめます。

女だわ!
……
もちろん、一番仰天したのはホセです。


ミカエラ……!

哀れな娘……。

ここへ何をしに来たんだ

駆け寄ってきたホセを、ミカエラはじっと見据えます。

そして静かに歌い出すのです。

あなたを探しに来たの
……
山の麓の小さな藁ぶき屋根の家で、

お母様はずっと祈ってるわ。

泣きながら、あなたの名を呼んでいるわ

あ~!

この歌は、第一幕で歌われたのとおんなじだ!


あのとき二人は幸せいっぱいだったのに……

状況が変わってしまうと、同じ歌がここまで悲しい曲になるんだね
お母様はあなたの帰りを待っているわ。

ねえ、年老いたお母様が、かわいそうだと思わないの?

ホセ、お願いだから私と一緒に来て!

じっと唇を噛み締めるホセ。

ミカエラの言うことは分かるけれど、今さらどんな顔で帰ったら良いのでしょう?

行ったらいいんじゃな~い?

あんたにはこの仕事、向いてないんだからさ

ホセがかちんときたのは、この時です。

一緒に行けというのか?

オレを追い出して、お前はあの男の後を追いかける気か

……ふん
冗談じゃない。

そんなこと、許してたまるか!

泣きながらホセに取りすがるミカエラ。
ホセ、もうやめて!

私と一緒に帰りましょう

いいや、帰らない。

放っておいてくれ。オレはもう、お尋ね者だ

ホセはミカエラを突き飛ばし、カルメンにつかみかかります。
命に代えても、ここを離れないぞ。

オレたちを縛る鎖は、死ぬまでそのままだ

ホセはカルメンの髪をつかみ、その首を絞めようとします。

周囲の人々が止めようとしても、ホセの怒りは収まりません。

ミカエラは泣きながらホセの説得を続けます。

ホセ、やめて。お母様が待っているわ!

ここで合唱団も、悲痛な声で歌います。

ホセの内面で起きている葛藤を代弁しているのです。

一緒に行け!

ホセ、お前を縛る鎖を断ち切るんだ!

しかしそれでもなお、ホセはカルメンを離しません。

苦痛に顔を歪めるカルメン。

半狂乱になったホセは、ありったけの思いを彼女にぶつけます。

ああ、放さないぞ、悪魔のような女め!

オレたちを結びつけた運命に、従わせてみせる。

お前を放さない。

命に代えてもここを離れないぞ!

この、ホセが狂気の鬼に変貌していくシーンの迫力がすごいんです~!

全幕通して『カルメン』を観る時があったら、この部分にぜひ注目して下さいね。


歌詞に「鎖」の言葉が出てきましたが、これも一種のモチーフなのでしょう。

カルメンとホセが初めて出会った時にも、ホセはこれをいじっていました。

ホセを落ち着かせようと、人々は大騒ぎ。

しかし……

待って!

これが最後よ!

ミカエラが大声を発し、人々を黙らせます。

突然訪れた静寂の中、ミカエラは静かに語り出します。

ホセ。お母様は今日か明日の命なのよ。

死ぬ前に、一目あなたに会いたがっているのよ

こ、これか~!

ミカエラが来なければならなかった理由。

母さんが死にそうだって!?
そうよ。

あなたを許すまでお母様は死ねないの

悲痛な面持ちで、天に向かって絶叫するホセ。
ああ、行こう……分かった。行こう
ホセはくるりとカルメンに向き直ります。
喜べ。オレは行くぞ
……
しかしカルメンがほっとしたのを見逃さず、ホセは憎々しげに不気味な言葉を残すのです。
だが、オレたちはまた会うぜ
ミカエラの肩を抱き、立ち去るホセ。

カルメンはやっと解放されたとばかり、笑い出します。


残された人々のところに、遠くから歌声が聞こえてきます。

やはり遠ざかっていく、闘牛士の歌です。

(素敵な歌声……)
うっとりと聞き入るカルメン。

もう心は完全にエスカミーリョの方に移っています。


これにて、第三幕の終了。

こ……ここまで言われても懲りねえのか。

カルメン、恐るべし……

70年代、カルロス・クライバー指揮の『カルメン』より。

ホセ役はプラシド・ドミンゴさんです。近年セクハラ疑惑で騒がれてしまいましたが、やっぱり歌の迫力はさすが。「世界三大テノール」の一人として大スターになったのも納得です。

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