第197話 時の足袋人

文字数 1,383文字

「日本代表が7大会連続でワールドカップ出場を決めたな」
 北伊勢高校サッカー部で主将を務める大空。今年はワールドカップイヤーである。

「予選の序盤では苦戦していましたが、サッカーは切っ掛けひとつでノリにノリますからね。というか先輩、めちゃめちゃ久しぶりの登場ですね」
 北伊勢高校サッカー部は、めきめきと力を付けてきている。

「サッカーの話題の時しか出番が無いからな。ところで」
 大空は眉を顰めた。

「日本代表の攻撃力不足は昔からああだこうだ言われているが、俺はもっとシンプルに考えている」
 日本代表は強豪ばかりの死のグループに組みされた。

「スピード、ですか?」
 即答されて一瞬驚きの表情を見せたが、メシヤのことだからとキャプテンは話を続けた。

「日本代表がパスワーク頼りでドリブルを躊躇うのも、結局はスピード不足からなんだよな」
 1対1でディフェンスを置き去りにするには、フェイント云々の前にスピードがモノを言う。

「スピードが必要なのは、フォワードだけじゃないですよね。カウンターを食らった時に、ディフェンスが追いつけずあっけなく点を取られることもあります」
 攻撃サッカーを目指したい日本代表に、これが足枷となる。

「うむ。そこでフィジカルトレーニングをあれこれ取り入れるんだろうが、なんと言うのかな、苦しさが勝つばかりで、ホントは楽しいサッカーも辛いものになってしまっている」
 プロの世界は、そういうものかも知れない。

「同意ですね」
 北伊勢高校の11番は、ゆるやかに首肯した。

「もっとこう、根本から変わらないと、日本代表がワールドカップトロフィーを手にする日は、夢のまた夢だな」
 手厳しいが、その通りだろう。

「キャプテン、それなんですけどね」
 いつもニコニコ顔のメシヤだが、いたって真剣な表情である。

「なにか方法があるのか?」

「雑談程度に聞いて欲しいんですけどね。日本人はいまでこそ誰でも靴を履いていますが、その昔は草履や草鞋を履いていましたよね。建築現場では地下足袋のようなものも履いていました」
 親指が独立しているので、接地性がすぐれ、器用な動きが出来る。

「そうだな。俺も夏場のサンダルは鼻緒が付いたタイプが好きなんだ」
 メシヤの超展開にも動じない大空。

「はい。安物のサンダルだとすぐ親指と人差し指の付け根が痛くなるんですが、名工が作るとそれはそれは快適に動けるんですよ」
 国産が必ずしも優れているわけではないし駄目なものも少なくないが、商品の善し悪しは、その工程を眺めれば一目瞭然である。

「俺もスパイクはアシックスかミズノなんだよな」
 大空は日本人の足に多い甲高である。国産靴なら、ヴァルカナイズ製法のムーンスターやAsahiがある。

「はい。それで国産メーカーに、足袋スパイクを作ってもらえないかな、と考えてるんです」
 問題は、親指と人差し指の間の設計である。それと、ポイント(スタッド)をどう処理するか、である。

「面白そうなアイデアだな。駄目で元々、やってみる価値はありそうだ」
 足袋ソックスというものは既にあるのに、足袋スパイクはお目に掛かれない。ファッションの世界でたまに取り上げられるが、広まっているとは言い難い。

「忍者も草鞋を履いていましたし、なんと言ってもサムライブルーですからね」
 裁紅谷姉妹の祖国では、“シャムライ”と発音すると、「守る人」の意味になる。





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