第171話 北伊勢よいとこ、一度はおいで

文字数 1,142文字

「みんな昨日のテレビ見た? 阿部寛さんと横浜流星くんが北伊勢に来てたわよ!」
 マリアの一日は、新聞のテレビ欄チェックから始まる。

「見た見タ! 回転寿司屋さんとうなぎ屋さんに来てたネ!」
 両方とも裁紅谷姉妹が訪れたことのある店だった。三重県はうなぎの名店が多く、北伊勢エリアには他にも人気店がそこかしこにある。

 リモートで阿部・横浜の両氏が街ゆく人に声を掛け、北伊勢市内のグルメ店を聞いて実際に訪れるという趣向だった。

「さすがにめし屋フジワラの名前は出なかったか」
イエスがこう言うと、裁紅谷姉妹はぎょっとした。“めし屋フジワラ”は、何重にもプロテクトが掛けられていて、テレビでその名前が流れることは起こりえない仕組みになっている。

「あたしがインタビュー受けてたら、そう答えてたんだけどね~」
マリアは自分が保護対象になっていることを、知らない。

「いやあ、あんな有名人が来てくれたら大歓迎だよ!」
メシヤが店の紹介をネット上ですることは、両親からかたく禁じられている。

「メシヤさまのお料理を召し上がったら、誰でもリピーターになりますわ」
どんなに美味しくても一度食べたらそれっきりになる店が、人生の中では多いかもしれない。遠く離れた地でもまた食べに出掛けたくなるのなら、あなたはすでに幸福の中にいる。

 エリは考え事をしていた。北伊勢自体がテレビで取り上げられることは、全国規模で言えば皆無と言って良いほどだった。三重が話題になるとしたら、伊勢志摩がほとんどだったのである。鈴鹿はキング・カズで脚光を浴びたが、鈴鹿サーキットが三重県だと言うことを、知らない人も多いのではないだろうか。

「で、きょうは何を作ってるのよ」
 マリアが厨房をのぞいた。

「オムライスなんだけどさ。鶏肉以外でも作ってみようと思ってね。豚肉でやったり、牛肉で豪勢にしたり、シーフードのバージョンもあるよ」
 テーブルに4種類のオムライスが並んだ。通常の鶏肉のものと、いまあげた三種の計4種類である。新メニューの三種は、具材との相性から、必然的にケチャップライスではなくなっている。

「あたしはシーフードね! イカとエビってなんでこんなに美味しいのかしら!」
 鳥羽のフィッシュバーガーを食べてからというもの、シーフード推しのマリア。

「ビーフオムライス、二杯はいけるネ!」
 カシュルートがあるので、裁紅谷姉妹は牛オムライスから食べた。松阪牛のオムライスを、不味く作る方が難しい。

「豚もいけるぞ。中華の豚玉丼も素朴だが絶品だからな」
 名称は地域で多少異なるが、イエスが言っているのはあんかけタイプの豚玉丼である。

「とてもいい香りね、メシヤくん」
 長距離の移動を終えた超有名人が、珠のれんをくぐって入って来た。
「オブライエンさん!」




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