第151話 昔カミソリ、いま歌行燈

文字数 978文字

「やれやれ、やっとプロミネンスも落ち着いたかと思ったら、新たな変異株とはな」
 白馬にくだる任務は日替わりである。一日に数件をこなすこともザラだ。仕事は、処理速度の速い人間に集中する。

 処理速度、という言葉が出たが、やみくもに挙動を速くするということではない。むしろ逆である。速くやろうとすると、行動や言動が上滑ってしまい、取り違いが生まれたりヘマを連発したりするようになる。

 世にある仕事の内、こうした拙速な判断のせいで生まれた、はた迷惑な後処理が、かなりの割合を占める。

 白馬はボスの素性について考え巡らせることが、当然ながらある。顔は分からない。年齢も国籍も、経歴も、一切不明だ。

 ビジネス上の付き合いだけだ、とは、ボスに対する軽口に過ぎず、一人の男として、並々ならぬ興味と崇敬を抱いていた。

「来年はいま以上に忙しくなるぞ」
 未来から来たのではないかと思えるほど、ボスの予言は当たる。明言はしていないが、プロミネンスのその後の成り行きを、それとなく白馬は知らされている。

(温厚そうに見えるボスも、昔は鬼神のごとく激烈な人だったと聞いている)

 ボスは日本人では無いと直感している白馬だが、舌の具合は自分と似ていると感じていた。ボスの好きなメニューは、白馬も大概好きである。

 きょうのランチは、北伊勢市内の老舗「歌行燈」の腹積もりだ。ボスもここがお気に入りらしい。行く度にボスがいないか周りを見渡すのだが、とてもボスの人物像と一致する男は見当たらなかった。

「お~イ、白馬~!」
 なんでこうも一緒になるかなと、白馬は帽子の頭を押さえた。裁紅谷姉妹が先客だった。

「白馬さん、歌行燈では何をお召し上がりになるのですか?」
 和食の店では、裁紅谷姉妹でも食べられるものが多い。

「俺はここに来たときはしゃぶしゃぶうどんって決めてるんだよ」
 歌行燈の人気メニューである。

 歌行燈には味噌煮込みうどんもある。ちなみに、北伊勢市内の味噌煮込みうどんは、本場・名古屋の味噌煮込みうどんよりも麵が柔らかめで、こちらのほうが好きだというファンも存在する。

「じゃア、ワタシもそれにすル~!」
 しゃぶしゃぶうどんと、サイドメニューの鶏軟骨を注文しようとするエリ。

「わたくしもいただきますわ、しゃぶしゃぶうどんを」
 お腹を空かせたレマが、テーブル隅の呼び出しチャイムを、ポンと凹ませた。





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