第152話 涙だって甘くとかす

文字数 1,003文字

 放課後。
 北伊勢商店街の甘味処に、メシヤとマリアが訪れていた。

「え~っと、大判焼きの小豆とカスタードをひとつずつください」
 地域によって呼び名は様々だが、大判焼きはその昔、本当に大判の形をしていた。

「ごめんね、お嬢ちゃん。いま切らしててね。お時間10分くらい掛かるけど、待ってもらえるかな?」
 ひとあたりの良さそうな店主が、申し訳なさそうに尋ねた。

「う~ん、10分かあ。それじゃあ、また次の機会にしようかな」
 マリアは考え始めた。

「マリア、何を悩むことがあるんだよ! こんな時こそ、焼きたてを食べられる絶好のチャンスじゃないか!」
 待たなくても食べられるときはあまり深く考えないが、メシヤの言うとおり、切らしている時こそ保温してあるものではなく、出来たてにありつける。

「それもそうね。この後とくに予定も無いし、待ってみるわ。」
 待つことを告げられた店主は、散々積み重ねてきたであろう苦労を微塵も感じさせないスマイルで、快諾した。

 昨今は大判焼きも様々なフレーバーが出ているが、マリアは定番の小豆とカスタードが好みである。

 メシヤも同じ業界人として、ガラス越しの工程に注視している。昭和ながらの「見て覚えろ」という親方の教えは、現代っ子にはなかなか理解されない。ところがこの一言には多くの意味が込められている。

 モノをつくる作業は、ひとつのやり方だけが正解ではない。マニュアル一辺倒だと、変わり映えのしないハンコ絵のようなものしか生まれなくなってしまう。

 よく見ていると、自分で何を用意しなければいけないか、ここはああやろう、次はこうやってみようと、イメージが湧き、自分で考えて不足を埋めていく感覚が芽生える。その繰り返しで作品が練られて、ふたつとない傑作が生まれるのだ。

「はい、お待ちどう!」
 大判焼きからは湯気が立ち上っていた。

食欲旺盛とはいえ、大判焼きをふたつも食べるのかと思われたかもしれない。

「はい、メシヤ」
 マリアは小豆とカスタードの大判焼きをそれぞれ半分に割ってメシヤに差し出した。
こんなところを誰かに見られたら、誤解されそうである。

「うわ~、美味しい! 待った甲斐があったわね!」
「なんか、年々美味しくなってる! 寒い冬は、大判焼きだね!」

 甘いものは、精神を安定させる作用があるようだ。肉体も安定させるように、運動量を増やさなければいけないが、活発なメシヤとマリアには無用の心配であった。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み