第121話 town and gown

文字数 1,217文字

「イエス、進路決めた~?」
 北伊勢高校では、一年生の内に三つの進路コースから選択しなくてはならない。ひとつめは総合大学コース。ふたつめは職業専門コース。みっつめは就職コース。

 ところがこの折、大学再編が叫ばれるようになったのである。プロミネンス禍のためだ。学費は納めたものの、遠隔授業ばかりで同じ学年の者同士でも実際に顔を合わせていないのが普通になってしまった。

 以前から大学教育に疑問を感じていた鷹山総理は、高校のカリキュラムを大きく変えつつあった。総合大学コースだろうと、職業専門コースだろうと、高校を出てすぐ就職だろうと、5教科以外の授業数を増やすことにしたのだ。

「勉強・スポーツに身が入らない」という生徒は、「自分はもっとがんばりたい」と心のなかでは思っている。そうした生徒達に欠けているのは、生活力であった。

 自室の掃除、食事の用意、自分の着る衣服の整頓、簡単な道具の修理、朝の身だしなみ、適度な運動、夜の深い睡眠法。こうしたことは、5教科では教わらない。だが、これらは生徒達が意欲的に勉強をするための根底となるものだ。

「北伊勢高校にあった3つの進路コースの制度はとっぱらったんだよな。以前ならコース別にクラスが分かれていたが、総合大学に進もうと職業専門を選ぼうと、同じクラスになることもありえるってわけだ」

「イエスはやっぱり名古屋大学?」
 イエスの成績なら余裕だろう。

「どうかな。新設の北伊勢大学も検討している」
 首都移転が決まってまもなく、北伊勢市の広大な田園地帯に、総合大学が設立されることが決定していた。

「そういうお前は?」
「僕はすぐ働きたいかなあ? 欲しいものいっぱいあるし」
 三重県では、大学進学よりも地元の工場・建設会社に就職する割合が多い。

「大学に行かないと学問が出来ないというわけではありませんからね」
 メシヤの動向に張り付いているレオンが、あいだに入った。

「理系の大学はそういう風にはいかないんじゃないかしら?」
 マリアも大学に行ってまで勉強したくないというクチだ。

「いえいえ、企業の研究開発というものがありますから。お給料ももらえた上でそうした研究が出来るのは、恵まれた環境では無いかと」

「英語も海外に行かないと学べないということは無いと思いますわ」
 レマは30ヵ国以上の言語を操る。

「へえ、それは興味深いね。レマはどんな風に勉強したの?」
 メシヤも興味津々だ。

「古い刊行物にはなるのですが、わたしが英語と日本語の関係性を学んだのは、福武書店のオックスフォード・カラー英和大辞典ですわ。判も大きく、イラスト写真が多くてとてもためになりました」

「あ~っ、あれね! 80年代の出版以降ああいう辞典が出てないけど、ネットクリック全盛時代では無用の長物なのかな。現代版が見てみたいけどなあ」
 メシヤは文字と数字と辞典に異様なほど興味を示す。

 メシヤはどの進路へすすんでも、楽しめる才能を持っているようであった。






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