第107話 クレアチオ・エクス・ニヒロ(虚無からの創造)

文字数 1,043文字

「やはりメシヤさまはお上手ですわ」
 一年G組の生徒たちは、美術室で二人一組になり、人物画を描いている。

「マリアは特徴がはっきりしてるから描きやすいよ」
 メシヤは4Bの鉛筆を走らせている。

「それ、褒めてるのかしら?」
 マリアが描くメシヤも、悪くないだろう。

 裁紅谷姉妹がペアになると訳が分からなくなるので、エリはレオンと、レマはイエスと組んでいる。

 エリは漫画好きだからなのか、絵心はあった。レオンのタッチはルネサンス風のそれである。
 イエスの線は力強く、レマの描くイエスは丸みを帯びて穏やかであった。

「いいか~、脳の右側で描くんだぞ~」
 美術教師の佐倉は、ロングセラーのデッサン書をテキストとしている。

「でもあんた、どうやってそこまで上達したのよ」
 マリアが画板越しに尋ねる。

「う~ん。僕もさ、あんまり好きなおもちゃとか買ってもらえてた訳じゃ無いから、描くのが手軽な遊びみたいなものだったんだよね」
 それを聞いて、マリアは自分の境遇と重ね合わせた。

「たとえばさ、見たままを描くって言っても、頭で考えちゃうと線を引っ張るのが億劫になっちゃうんだよね」

「そうなのよね」
 マリアは鉛筆の後ろで頭を掻いた。

「ひとつのやり方だけど、対象のイラストや写真があったら、逆さまにしてみるといいかも知れない。そして、逆さまの状態でそれを描き写すんだ。そうすると左脳のブレーキが外れて、スポーツで言うところのゾーンに入るんだよ」

「また奇抜な発想ね」
 マリアはこう言うが、奥でレマが頷いている。

「あとさ、ポジ・フォルムとネガ・スペースって用語があるんだけど、複雑なフォルムを描くときは、何も無い空いてるスペースから描くとうまくいく場合があるよ」

 マリアが別の紙に、椅子の骨組みの空きスペースから描きはじめた。すると、簡単に椅子の形が浮かび上がった。
「あら、ホントね」

「ナボコフ! ワタシ、なんだかおばあちゃんみたいじゃなイ!?」
 レオンの描くエリは年代物の絵画に見えた。反対に、エリの作品であるレオンは、きりっとたくましい勇者のようであった。

「イエスさま! 私、そんなに怒っているように見えますか?」
 イエスの鉛筆使いが荒っぽいので、力強いレマが出来つつあった。

「お前こそ、俺がゆるキャラみたいじゃないか!」

 メシヤとマリアはその様子を心配そうに眺めていた。

 マリアはそこまで絵が得意ではない。だが、モデルのことをよく知っているからか、彼女の描くメシヤは、とても人懐っこそうな、にこやかな表情を浮かべていた。







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