第95話 衛生工学

文字数 830文字

「メシヤくん、突然のことで驚いたかも知れない。だが、いまのこの混乱を収められるのは、君しかいない。私は本当にそう思っている」

「鷹山さん、ええと、つまりは・・・」
 メシヤも狼狽している。

「総理」
 架塔が耳打ちする。

「メシヤくん。話題を変えよう。君が以前話していた衛生工学についてなのだが」
「ああ、まさにいま打ってつけですね」
 架塔の補佐により、拙速すぎる話は向こうへ追いやられた。

「君のかねてからの提案、なかんずく、衛生工学の話は閣内でも好評を博していてね」
「後藤新平さんの功績ですね」
「うむ。ウイルスの感染経路の追跡やその対策など、複雑な理論が交錯して、国民はとまどっている。だが、後藤新平の話は実学的で浸透しやすいと考えている」

 関東大震災後の復興プランを手掛けたのは、後藤であった。社会を生命体に見立て、人と人のつながりが機能することで社会は発展するという理念を持っていた。(ちな)みに、生を(まも)ると書いて、衛生(えいせい)と読む。

(メシヤのやつ、普段はとぼけてるけど、この肝の据わりようは大したものね)
 二人のやり取りを眺めているマリア。

「身近なものでいうと水ですね。水が汚染されると人間にさまざまな影響が出ます」
 メシヤは自説を語る。
「そう。1892年にハンブルグでコレラが大流行したが、砂濾過水を供給していた地域では患者が少なかった。砂濾過給水によって腸チフスの死亡率が下がることを発見した、ミルズ・ラインケ現象なんてものもある」

 話は、ここ数十年に渡る真夏の酷暑にまで及んだ。
「都市部に人が集中しすぎて、ヒートアイランドが起きています。都市キャノピー下で気温が1℃上昇すると、東京電力管内では、電力が166万キロワットも増大します」
「そうだったな。それから、都市が亜熱帯化して生物北限が北上している。こうなると病原菌を媒介する微生物の北上も同時に起こるわけだな」

(首都移転をして人口分散への糸口を作れたのは、他ならぬメシヤさまのお陰ですわ)
 レマは胸の内でつぶやいた。




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