第52話 鷹山ドクトリン

文字数 1,611文字

「G組の諸君のは、どれも完成度の高い建築ですね」
 鷹山はご満悦だ。
 他の生徒たちも、一級建築士が白旗を揚げるような出来映えである。鈴鹿サーキットを拡張したモノ、志摩リゾート界隈のホテル、近未来の四日市コンビナート、いまはまだ無い想像の北伊勢工科大学、イメージのリニア北伊勢駅などなど。

「諸君にはいささか唐突なお話かもしれないが」
 鷹山がゆっくり口を開いた。
「オリンピックが終わったあと、三重県を含む畿央エリアに首都移転を行うという構想が持ち上がっている」

「えー!」という声がそこかしこに起こったが、嫌悪感の感嘆詞ではなく、そのまま感動の感動詞だった。
「そして」
 生徒全員がよそ事もせず、鷹山の目をじっと見つめている。

「この北伊勢市が、その玄関口となるのだ」
 教室内のボルテージが一気に上がる。マリアは困惑した表情でメシヤの顔をうかがった。そこには、やる気が目に見えるくらいのいきいきとした少年の姿があった。ため息をついたあと、小さくつぶやいた。
「これがメシヤよね」
 イエスはこのことを知っていたので、余裕の表情だった。

 裁紅谷姉妹の顔に笑顔は無く、この世界の命運を見守るかのような面持ちだった。
「いよいよですわね」
「あア」
 
 レオンは目をつむり両手を前に組んでいる。口の左端が吊り上がった。悠久の時を噛みしめるように。

「諸君の傑作を見させてもらった。全員合格だ。このミニチュアは畿央の都市計画に大いに役立つだろう。設計士としての謝礼は払わせてもらうので、大いに期待してほしい。


それから―――

 北伊勢周辺は猛ピッチで土木・建設工事が進められていった。いったいどこから来たのかというくらいの人手と建築資材がそこかしこに集められていた。
 出稼ぎで来ていた職方たちの中にも、三重は住みやすいと家族を引き連れ、そのまま定住するものもいた。そのためにまた家を建てる訳だが、元々が田舎なので、土地はふんだんにあった。
 田舎に家を建てるにあたって障害となるのが、市街化調整区域の制約だ。田舎の土地は割安だが、なかなか建築許可が下りなかったりする。安い土地に家が建てられるのなら、他県からの移住者も多いだろうが、規制が厳しくてはますます地方は過疎化してしまう。

 鷹山はこのままでは若者の流出が止まらないと危機感を覚え、この改革に乗り出した。市街化調整区域の縛りを緩くし、古家の建て替え、農地の宅地転用を推進した。
 昔ながらの田舎の住宅地は道路の幅員が狭いものだが、これらも建て替えの段階で拡幅工事を行った。
 いままでの造成地は1区画あたりの敷地面積が50坪前後だったが、これでは息苦しいということで、1区画100坪以上の土地を販売するように鷹山は通達を出した。
 隣地間隔も10メートルは離し、騒音トラブルの無いように配慮した。こうすると、一軒あたりの住宅価格が高くなるではないかと心配する声もあったが、鷹山は三世代住宅を推奨し、親・子・孫の同居世帯にはさまざまな優遇措置をとった。

 また未来党は、子が家を建てる時の親の贈与税を、一切合切免除するという政策案を打ち出した。これは増税で財政健全化を図ろうとする保守党には到底できないプランだった。
 一見すると、金持ち優遇策かと矛先が向けられそうな政策だが、マクロ経済学的にもこれは正しいポリシーだ。

 贈与税が重いと住宅着工数は減少してしまう。そうすれば職人や住宅会社の給料・利益も目減りする。資材メーカーも潤わない。ひいては建設業界に携わる人々のあらゆる購買意欲が下がってしまう。そうすれば、建設業界以外の産業も販売が振るわなくなる。結果、不景気のスパイラルに陥ってしまうのだ。
 生産活動が停滞しているのに増税したらどうなるのか。日本のながらく大不況は、バブル崩壊以降の緊縮財政にあったのだ。
 家を建てやすくするというのは、軽んじられるべき事柄ではない。乗数効果の極めて大きいイベントなのだ。



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