第193話 マックレイカーズ

文字数 835文字

「ねえ、コーラー」
 オブライエンは、自ら設計したラボにいた。

「お待たせ、ジェニー」
 コーラーは、ふじ・王林・世界一を掛け合わせた、りんごの”さしゃ”を皿に盛った。

「あら、気が利くのね」
 伝説の剣を象ったピックで、オブライエンはさしゃを(かじ)った。リンゴが赤くなると、医者は青森を(うと)む。

 ジェニーの研究風景は、周囲の思惑とはずいぶん様相を異にする。意図的にネット環境を遮断しないと、広大な世界が矮小化されてしまう。

「ジェニーの考えていることは、なんとなく分かるよ」
 リンゴのことではない。世界を駆け巡っている一連のニュースについて、ジェニーが無関心でいるはずがなかった。

「私はね、政治的イデオロギーを持ち合わせていないつもりなのだけれど、オネーギンのことを思うと、ね」
 フォローレンスを脱獄したオネーギンだが、まだジェニーは再会できていない。

「P国があんな事になってはね」
 コーラーは腕を組み、人差し指で2回叩いた。

「フェイクニュースという言葉が盛んに聞かれるけれど、市井(しせい)の人があらゆるメディアをチェックしようとも、ザイオンの息の掛かっていないところは、もはやどこにも存在しないわ。無論、ネット上もね」
 真実情報を発信したところで、たちまち反対勢力にかき消される。

「でもね、ジェニー。ここに来て世界情勢がとたんに動き出した気がするんだけど、やはりあの少年のせいなのかい?」
 コーラーは腕組をほどいた。

「コーラー。信じてもらえないかもしれないけど、映画や小説と違って、そうしたフィクサーはごくごく普通の人達なのよ。彼を厄介者扱いするだけなら、とっくに消してるはずだわ」
 地球を機能させるには、矛盾したものを同時に存在させなければならない。

「ヘブル文書には、この結末が書かれているんだよね?」
 どこにも所属しないコーラーだが、不埒者の流れ弾で死んでしまうのはまっぴら御免だと思っている。

「ええ。ただ人類は、エデンからは、まだ出られないわ」
 さしゃが、燃えるような赤光(しゃっこう)を放っていた。






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