第21話 研究(1) Research

文字数 1,031文字

 ニーチェは、本部の地下へと降りた。奥に牢屋がある。監視カメラで見張られていて、壁にオリハルコンが混ぜ込まれている。扉も二重。とはいえ、依頼主に引き渡すための一時保管用だ。逃げられないという以外は、至って快適な部屋となっている。
 カミーラは、六つある牢屋の、一番奥にいる。ニーチェは、急いで扉を開いた。
「カミーラ。すまぬ。僕の不手際で、こんなことになってしまった」
 カミーラは、アルカディアンだ。想像の生物なので、外見的には変わりがない。あいかわらずの美しさ。だが、無邪気だった笑顔は消え、まるで西洋の陶器人形のように青ざめていた。表情がない。目が死んでいる。
 ニーチェは、今までの経緯を説明した。カミーラは遠くを見つめており、視線が交わらない。うなづきもせず、瞬きもしない。
 自分のせいでこんな精神状態になってしまったのだ。喋りが下手なニーチェは、どうしたらいいかが分からない。迷った末、ニーチェは、袖をまくって、自分の腕を、カミーラに差し出した。
 普通の人間は、一度信じられなくなると、何もかもを信じることができなくなる。それは、信じるに確たる判断材料がないからだ。だが、カミーラは吸血鬼だ。血を吸うことで、ニーチェが嘘を言っているかどうかが判別できる。吸血鬼に血を吸われるとろくなことがない、と人間は思うものだ。だが、ニーチェは、自分のことよりも、カミーラが不安でいることと、自分が信用されていないことが嫌だった。
 カミーラは、初めて小さく感情を見せた後、ゆっくりとニーチェの腕を取り、甘噛みでもするかのように、唇を押し当てた。
 気持ちいい。ニーチェは、こんな状況だというのに、つい、性的な感情が頭をもたげた。必死で打ち消しながら、カミーラの様子を見る。結んでいる髪からチラつく白いうなじが、紅潮していく。生物同士が混じり合っている色だ。一生離れなくてもいい。そんな至福の時間が続いた。
 カミーラは、ゆっくりと、ニーチェの腕から唇を離し、じっとニーチェを見つめ、そして、優しい笑みを見せてくれた。その目は、どこか悲しげではあったものの。ニーチェは、彼女のために最大限の努力をしようと、改めて心に誓った。

 カミーラを護送車に乗せ、ゲーテと共に、第一研究所に帰る。ニーチェは、途中でカミーラが逃げ出してくれることを願っていた。だが、カミーラは、従順に、後ろの荷台の中で揺られ、そのまま、第一研究所に到着し、地下二階にある、特別研究所へと、大人しく、監禁された。
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