第73話 宴(2) Banquet

文字数 1,743文字

 大会議室の外には、衛兵や、熱心な野次馬たちがいた。音が漏れないかと聞き耳を立てていたのだ。
「どうなりました?」一斉に聞きにくる。
 大会議室に『マイキー』をかけたニーチェは、綺麗な身なりをしていた。返り血一つ、浴びていない。野次馬たちは、まさか、大会議室の中で惨劇が起きたとは、夢にも思わなかった。
「お披露目は成功した。これから、全団員に発表がある。中庭に集まってくれ」ニーチェは、アンドレーエの幻影を作って優しく答えさせた。さらに、放送室から、同じ内容を全団員に伝えさせる。
 本部の建物の作りは、完全な正方形で、真ん中に中庭がある。副団長や幹部が発表する時には、中庭に団員を集め、二階のバルコニーから、全員に声を掛ける。これが通常だ。本部にいた団員たちは、どんな世紀の発明が発表されるのだろうと、胸を躍らせて中庭に集結した。
 ニーチェはその間、本部を囲っている塀に沿って、結界をかけた。このように大きな結界は、普通、一人ではかけられない。『ニーベルングの指環』を発動させているニーチェだからこそ、できる技だ。
 ほとんどの団員が集まったところで、ニーチェが、バルコニーに立つ。手を上げると、団員たちは、ニーチェに拍手を送った。ニーチェは、笑いが込み上げてきて、たまらなくなった。
「オポ、オポ、オーッポッポッポッポッポ」団員たちの中でも勘が鋭い者は、すぐに、ニーチェの異変に気がついた。
 しかし、その時には、もう遅い。ニーチェは、全団員を見渡し終えている。全員を認識している。そして、『エリクシール・ポワゾン』も発動している。
「みなさん。私は気づきました。黄金薔薇十字団とは、醜いゴミの集合体であると。みなさんを見て、裏切りに裏切られ、最後に自分を見たとき、醜いゴミだと気付かされました。醜いゴミは、滅びなくてはなりません」
 団員たちがざわつく。いち早く逃げ出そうとする者もいる。だが、彼らが後ろを向いたその時、それらの脳天は、銃弾によって撃ち抜かれていた。『レッドハイド』と『ノーフェイス』を身につけたジョンに撃たれたのだ。
 あとは、先ほどの大会議室での出来事と同じだ。中庭においても、同士討ちが始まった。ニーチェが、お互いに攻撃し合うような幻影を出現させたのである。
 とはいえ、先ほどまでとは違い、ほとんどの団員は、普段から武器を所持しているわけではない。同士討ちも、殺し合いにまではならない。
 ニーチェの目的は、本部の全滅と、錬金術師の血液を奪うことだ。ジョンは、体と気配を消したまま、安全な場所から銃を撃ち、徐々に、徐々に、団員たちの数を減らしていった。
 ジョンは、『監視社会の地図』を発動している。彼から逃げることはできない。そして、中庭に集まった団員のほとんどは、黒マントだ。錬金術師ではない。ニーチェが血を奪う必要がない。存分に射殺することができる。ジョンは臆病者だが、自分が安全な場所から、正義の名のもとに攻撃することにかけては、勇者だった。
 ジョンはニーチェに、残りの錬金術師の居場所を教え、自分は、逃げられない団員たちを追いながら、一人、また一人と、本部の中の人間を、皆殺しにしていった。逃れられる者は、一人もいない。

 夜七時半。全ての団員を駆除し終えた二人は、本部の結界を解除した。ゲーテをお迎えするためだ。次に、ゲーテが分かりやすいように、大会議室に向けて、死体の数を増やして置いた。さらに、大会議室の近くには、ミイラ化させた錬金術師たちの死体も配置した。
「ゲーテが、後、一キロ圏内に入ったぞ」ジョンが、ニーチェに教える。
 さすがはゲーテ。時間通りのご帰宅だ。
「それではジョン。貴方は、ゲーテの馬車に同乗している御者を殺害して、私たちの馬車の準備を整えておいてください。もちろん、持ってきた『イコン』と、拾得したFも、忘れず馬車に、詰め込んでおいてくださいね。私は、この大会議室で、ゲーテを待ち受けます」
「分かった。後で会おう」トランクを引きずり、ジョンがいなくなる。
 ニーチェは一人、大会議室で、ゲーテを待ち構えた。遠くで、馬のいななきが聞こえる。主人公の登場だ。
 ニーチェは、思い出に浸っていた。いよいよ、オペラが開幕する。人生の終わりという、壮大なオペラが。
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